東日本大震災後、NHKホールで初めて行なわれるコンサートが、この日のMISIAだった。

会場に詰め掛けた満員のファンは、一見普段と変わらないように開演を待っている。ただ、オーディエンスは震源から少し離れた東京の人が中心とはいえ、震災当日の混乱はもちろん、計画停電を初めとして、NHKホールのシートにたどり着くまで、ひとりひとりが心の底に秘めているのはいつもとまったく異なる感情だろう。実は僕も3月24日に見た故・hideの音楽を題材にしたミュージカル『PINK SPIDER』以来のライブとなるから、大観衆の中にいて異様に緊張していた。改めて、ライブは日常とは違う特別な時間なのだとも感じてもいた。

　だからSEが流れ、まるで映画のオープニングを観ているような雰囲気が会場を包んだとき、立ち現われた“非日常空間”のやさしさが深く身にしみた。それは周囲のオーディエンスも同じだったらしく、久々に音楽にすべてを委ねることのできる喜びが、そのまま大歓声となってNHKホールを満たしたのだった。それは本当に特別な一瞬だった。

　ファンタジックなコスチュームをまとったMISIAを中心に、ダンス・ナンバーで初めから飛ばす。いつもと違うテイストのダンサーとユーモラスな振り付けが、緊張をほぐしてくれる。心の扉の硬い鍵がはずされるには、最初のアッパーな4曲で充分だった。

「よくおいでくださいました。この度、東日本大震災があり、ツアーを再開していいものか悩みました。今の日本には、二つの栄養が必要だと感じています。もちろん身体の栄養と、もう一つは心の栄養だと思います。私自身にとっても必要な心の栄養を、音楽を通して届けたい。日本中にそれが届くまで、歌い続けたいという気持ちです。どうぞ最後までお付き合いください。新しい歌を書いて、再開したツアーで歌わせていただいています。明日への不安で眠れない方々に、少しでも安らぎの時間を届けたいと思います。一緒に明日に向かって生きていきましょう。そんな気持ちを伝えたくて書いた歌です。今日、これから歌うものを録音して“ライブ・バージョン”として配信したいと思っています。みなさん、ご協力いただけますでしょうか？」とMISIAが語りかけると、会場からは大きな賛同の拍手が起こった。新曲「明日へ」は、被災したすべての心への祈りを込めたストレートなバラードで、まさに“栄養”と呼ぶにふさわしい温かさにあふれていた。

　この曲からバラードが続く。オープニングで立ち上がったファンは、席に座ってこのやさしい時間をゆっくり味わっている。新曲の「記憶」を含めて、MISIAの本領であるメロディと言葉が一体となった音楽が耳と心に響く。そういえば、MISIAにとって初めてとなるNHKホールは、音響、サイズともに彼女にとても似合っていると思った。

今回のツアーでは、重要な新メンバーが参加している。アメリカのシンガー＆キーボード・プレイヤーＪＰは、高いスキルと美しい歌声でMISIAのライブに明るいアクセントを与える。ハッピーなメッセージを身体全体で表わすダンサーたちのパフォーマンスの効果も加わって、後半のエンターテイメント・セクションは素晴らしい盛り上がりとなった。

　アンコールで、会場はさらに一体となる。オーディエンスが回すタオルとシンクロして、MISIAとダンサーがくるくる回る度に、カラフルなフレアスカートがひるがえる。それは、会場に来るまで縮こまっていたオーディエンスのハートが開いていくことの象徴のように見えたのだった。

「みなさんに、会いたかった。つらいときは心の栄養を補充しに来てください。MISIAはずっと歌い続けていきます。ともに生きていきましょう」とMISIAが言うと、この日いちばん大きな拍手が上がった。

　エンディングではいつものようにMISIAがオーディエンスに声を出してとお願いする。いつもは“MISIA”の名前をコールするのだが、この日は違った。MISIAが「Hope for」と叫び、会場が「Japan！！」と返す。感動的なラストのコールとなった。あっという間の2時間だった。

すっかりリラックスしてロビーに出ると、震災への募金箱があり、たくさんの人がそこに“気持ち”を入れていた。会場の外に出ると、電源車が止まっていた。被災者への思いを込めた募金箱。非常時にオーディエンスを守る電源車。表にも裏にも配されたやさしさが、今夜のライブを支えていたのだと思いながら帰途に着いたのだった。

【 取材・文：平山雄一 】