下北沢CLUB Queの20周年記念イベントに登場したチリヌルヲワカの企画は、“一曲もかぶらナイト２Days”。２日連続ライブのセットリストは、すべて異なる曲で構成される。普通に考えても最低30曲 以上は用意しなければならず、リハーサルが大変だろうなと余計な心配をしながら、２日目のライブに行ってみた。

　ギター＆ボーカルのユウを中心に、ギターの坂本夏樹、ベースのイワイエイキチ、ドラムスの阿部耕作は、テクニックに関して定評のあるメンバーだ。ただし、テクニックがあると言っても、それぞれが長々とソロを取るわけではない。ユウの紡ぎ出すエキゾティックなメロディに対して、必要以上にエモーショナルにならず、アンサンブルを聴かせるタイプのバンド・サウンドがチリヌルヲワカの特徴だ。時にはトリッキーなリズムが耳を覚醒させ、即興の音の対話が独特のロマンを生む。そしてこの日は、１曲目の「答案用紙」からそんなバンドのストロング・ポイントが炸裂したのだった。

　めまぐるしく変化するグルーヴを、４人は楽しむように乗りこなしていく。２日目とはいえ、ライブのオープニングは緊張するはずだ。しかし、このバンドに関してはその緊張感がいい方に働く。お互いの出方を探りながら、よりよいアンサンブルを構築していく。その上で、ユウのボーカルが活きるように土台を作る。メンバーそれぞれの音は、収束と拡散を繰り返しながら、スリリングに曲の輪郭を描く。その理知的なサウンドに、♪こんなにもつまらない話を　どうしてそんなに真剣に聞いてくれるの？♪というユウ独特の恋愛リリックが乗ると、そこにチリヌルヲワカならではのオリジナリティの高い歌世界が出現する。絶好のスタートとなった。

「“一曲もかぶらナイト”２日目にようこそ。昨日とは１曲もかぶらないでやります。お客さんは、だいぶかぶってると思いますが」と、ユウがユーモラスにしゃべり始めると、阿部が早速「今日は上から目線のMCで、“素”の自分を出しちゃいましょうよ」と突っ込みを入れる。「私って“上から”かなぁ。まあ、“下から”でもないですけど」とユウが言うと、場内から笑いが起こった。

　天然のようでいて毅然とした、ユウのキャラクターそのままのMCと歌は、このバンドの大きな魅力。３人のメンバーも“いちばん身近なファン”として、ユウとのライブを楽しんでいる。それがオーディエンスにも伝わるから、チリヌルヲワカのライブには一風変わった温かさが漂う。テクニシャン揃いのバンドのライブは、演奏の上手さが先行して妙な威圧感のある場合が多いが、チリヌルヲワカにそれは当てはまらない。また、観客の半分近くを女性ファンが占めているのは、ユウに同性として共感する人が多いからだろう。実際、１曲もかぶらないセットリストに対して、大半の女性ファンが歌詞を憶えていて、一緒に歌っているのが興味深かった。

　１曲目に次ぐ前半のハイライトは、「やまみちにて…」だった。この曲も「答案用紙」と同じく、2ndアルバム『白穴』からのナンバーだ。山の頂を目指す志を雄々しく歌うリリックと、ギターを細かい音符で掻き鳴らす力技のマッチングがいい。こうした“曲の解釈”に関して、このバンドは素晴らしい能力を発揮する。イワイと阿部は、時折、目を見あわせて、笑いながらリズムを変幻自在に操る。

　ただし、そうした即興のインスピレーションを優先させた演奏は、「新月」のように少し無駄な音が多くなる場合もある。一方で、「なずき」のように、坂本のギターが予想外の鋭さを加えて、CDとは異なる豊かさを楽曲に与えることもある。この“諸刃の剣”が、今のチリヌルヲワカを突き動かしている。それだけに、がっちりとアレンジを固めたこのバンドのライブを、いつかもっと大きな会場で聴いてみたいと思った。

　そんな思いにさせてくれたのは、本編ラストの「ホワイトホール」。スケールの大きなメロディが、バンドの実力とよく釣り合って、繊細さと爆発力の両方が伝わってきて痛快だった。

　アンコールでは、男性オーディエンスから「べっぴんさ~ん」と声が掛かる。と、ユウが「すべってますよ」とクールに対応。「ドSな感じでやってみましたが、お客様は神様なの」とフォローにならないフォローを入れて、また爆笑が起こる。最後の最後は「カスガイ」。♪耳を通り過ぎる歌が　キミの心を揺さぶることがあるように♪という真摯な歌詞が、メンバーの音を集約してストレートに心に響いた。バンドのエゴが誠実に届く、とても愉快なライブだった。

【取材・文：平山雄一】
【撮影：木村泰之】