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奥華子、メジャーデビュー10周年イヤー前半戦を見事に締め括った“Special”な一夜をレポート

奥華子 | 2016.01.26

 明るく温かな幸せの余韻をたっぷりと胸に抱えた終演直後、ふと見た時計に一瞬、我が目を疑った。20時28分。それって普通じゃない?そう思われるかもしれない。しかし開演は17時だったと聞けばどうだろう。スタートが5分ほど押したことを計算に入れても実に3時間半近くに及ぶステージだったということだ。しかもド派手な舞台装置が仕込まれていたわけでもショーアップされた大掛かりな企画などが用意されていたわけでもない。そこにあったのは正真正銘、歌と音楽だけ。つまりは奥華子の真心そのものと言い換えてもいい。込めた想いをひとつ一つ、聴き手に手渡しするようにして歌声を届けていた彼女の姿を思い返せば3時間半の驚きはたちまち得心に変わる。きっと本人にとってはそれでもまだ短く感じられていたのではないだろうか。2015年7月にメジャーデビュー10周年を迎えた彼女からこれまで支えてきてくれた人たちへの溢れんばかりの感謝と、そして10年を経てなお尽きることのない音楽への愛情とに彩られた、濃厚かつ幸せな、実に得難いひとときだった。

 クリスマスを目前に控えた12月23日、“10th Anniversary Special Concert 2015冬 in 昭和女子大学人見記念講堂”。ライブタイトルにも冠されているこの会場は優れた音響効果に定評を持ち、過去にもクラシックやジャズなど名演と呼ばれるコンサートを多数生み出してきた由緒あるホールだ。先駆けてのツアー“10th Anniversary Concert Tour 2015~弾き語り~”にて全国37ヵ所で弾き語りライブを行なってきた奥にとってはこれが2015年のラストステージとなる。多彩かつ多忙を極めた1年間、および10周年記念イヤー前半戦の締めくくりにこれほどふさわしい場所もないだろう。しかも今日は弾き語りではなくストリングスのカルテットとバンドを率いた、まさに“Special”な編成で演奏されるという。会場の格調高い佇まいに背筋を伸ばしつつ湧き上がる期待を押さえきれない、そんな静かな興奮が空間に満ちていた。

 さざめきの中、間もなくの開演を告げるアナウンスが流れる。ビーッというレトロなブザーの音がまたいい。場内がゆっくり暗転すると、まずはバンドとストリングス隊がしずしずと登場した。ステージの中央にはグランドピアノが鎮座。向かって左、下手側の持ち場にはバンドが、右の上手側にはストリングス隊がそれぞれに着く。そうして奥華子が現われるや、客席は満場の喝采に沸いた。笑顔はたたえながらも無言のままピアノに向かう彼女。訪れた刹那の静寂、その表面をなでるようにストリングスが溢れだし、それを奥のピアノが引き継ぐ。オープニングは「花火」だ。伸びやかに渡る、柔らかくも張りのある歌声。ピアノとストリングスのアンサンブルにバンドサウンドが加わると情景にグッと厚みが増すから面白い。生演奏ならではの迫力と立体感、瞬きも呼吸も忘れてステージに食い入ってしまう。しかも続けざまに「楔-くさび-」ときた。片や彼女がデビューするきっかけであり、片や動画サイトの再生回数累計1万5千回ともいわれる、どちらもインディーズ時代からの名曲だ。7月には10周年の記念シングルとしてリリースされ、最新アルバム『プリズム』にも収録された奥華子の真髄とも呼びたい曲でもある。こんなのもう、のっけから心奪われるしかないではないか。ずるい。いや、うれしい。

「ようこそ、お越しいただきました。人見記念講堂、盛り上がってますか! 年末のいちばん忙しいときだよね。みんなきっと、いろんな都合をつけて今日、観に来てくれたんだと思います。ありがとう!」

 しっとりとした余韻も一転、元気いっぱいなMCに客席がホッと和む。このメリハリも奥華子ライブの醍醐味だろう。このライブがツアーの締めくくりであること、弾き語りではなくスペシャルなメンバーでお届けすること、ずっとひとりで回ってきたから今日はステージにたくさん仲間がいてとても心強いと語ったうえで「でもライブは、ここに来てくれたひとり一人のテンションに懸かってるんですよ。なので、ちょっと声出し行きましょう」と提案する彼女。「なんでもかんでも“イェー!”でね。ふだん“イェー!”とか言わないでしょ? だから今だけは言おう。じゃあ、行くよ? ……奥華子のライブ、盛り上げてくれますか!」とパワフルに呼びかければ、即座に会場いっぱい2000人のオーディエンスが「イェー!」と応える。素晴らしきかな、一体感。インディーズの路上ライブ時代から鍛えられてきたのだろう見事な手腕にさすがと唸らずにいられない。

 「この10年で2番目にいちばん歌ってる」と独自の表現で笑いを誘った「変わらないもの」や、バンドならではの曲を、と爽快な演奏で聴かせた「ガラスの花」にジャジーなテイストも新鮮な「羅針盤」(『プリズム』の中でも隠れた人気曲らしい)。冬のこの季節にしか歌わないマニアックな曲であり、中学生の頃の自分の恋愛を歌ったという「白いハート」から、同じく“白いシリーズ”としてピアノとバイオリンの凛としたデュエットが叙情を掻き立てた「白い足跡」、その後、ストリングス隊全員を呼び込んでの「友達のままで」など、折に触れて編成を変え、表情を変えて披露される楽曲たち。最新アルバムを軸にしながらも同時に彼女ともにこれまでの道のりを辿るかのような幅広い選曲にも目をみはった。

「この10年を振り返って思うことは……もしも奥華子がすごく売れたとするじゃない? そしたらサイン会とか握手会とかしてないと思うんですよ。それって寂しかっただろうなって。こうやって顔が見えることが私にとっていちばんのエネルギーになっているし、そうやって一緒の時間を過ごしたことってお互いの心の中に残ってなくならないんだと思う。同じ時間を過ごしてきたことが宝物だなって思います」

 そう言って演奏された「10年」が体中を巡る。温かな記憶。今日のステージもまた褪せない記憶の破片となってオーディエンスの、また彼女自身の胸に生き続けるのだろう。10年後も、20年後もきっと。

 バンドメンバーとの仲睦まじいやり取りで明かされる楽曲の誕生秘話や出会いの話、ストリングス隊の衣装が肩出しなのは奥の好みが反映されたものであること、バイオリンの伊藤彩が手がけた「花火」のストリングスアレンジが素晴らしく、弦の響きひとつ一つにも愛情を感じて感動したこと、それをきっかけに「友達のままで」のアレンジもお願いしたことなど、曲と曲の合間に語られるエピソードも微笑ましく、「久しぶりにいちばんの代表曲を歌ってみていいですか?」とご存知“お部屋探しMAST(マスト)”のCMソングを生披露して観客を大喜びさせる一幕も。とにかく終始アットホームに展開される奥華子ワールド。

 あれよあれよという間に本編もあと1曲、「次の曲でラストになります!」と宣言すれば、当然ながら会場のあちこちで一斉に「え~~~!」と声が上がる。しかし、その声を一身に浴びながらも「全員じゃない……」といじける彼女。爆笑の渦の中、気を取り直してもう一度、オーディエンスも今度こそはと気合いを入れて出力200%、渾身の「え~~~!」を轟かせた。楽しい時間はあっという間だというが、つくづくそれを実感する。本編ラストは「ガーネット」。劇場版アニメ『時をかける少女』の主題歌として一躍、奥華子の名を広めた、曰く「奥華子をずっと支えてくれた、そしてみんなと繋げてくれた曲」だ。移ろいと永遠が鮮やかに交差して、消えない風景を聴く者に焼きつける。これもまた色褪せない、かけがえのない1曲だ。

「10年間、歌い続けられたのは応援してくれている人がいるから。みんなが“頑張れ!”って言ってくれるその言葉が本当に私の力になっています。私も何かみんなの力になれることができたらいいなと思うし、これからまた10年、歌っていけるように頑張っていきたい。まずは、ここまでの10年、本当にありがとうございました!」

 アンコールは2回。オーラスの1曲は『プリズム』でもフィナーレを飾る「ガンバレ」だった。オーディエンスの大合唱、♪ラララが場内にこだまする。ついにはマイクを掴んでピアノを離れ、フロアに降りた奥。「みんなの声をもっと響かせて!」「まだいけるよね!」と叫びながら通路を進み、客席を回る。彼女の高く差し伸べたマイク目がけて2000人の声が飛んでくるのが見える気さえした。「今日のライブを一生忘れません! また来年もみんなにとっていいことがたくさんあって、幸せな毎日でありますように」

 メンバーを送り出し、最後の最後はひとりステージの真ん中に立って、マイクを通さぬ肉声で全身全霊の想いを放つ奥華子。贈られた拍手は彼女が去っても止もうとしなかった。

 この日、彼女の口からうれしいニュースが2つ、告げられた。ひとつは2016年、できれば7月まで続く10周年イヤーの間に全曲ライブを行なうこと。もうひとつは今日のライブが映像作品となって春にリリースされること。もちろん新曲制作への意欲も語ってくれた。10周年イヤー後半戦、そして11年目の奥華子からますます目が離せそうにない。

【取材・文:本間夕子】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 奥華子

リリース情報

[DVD]奥華子 10th Anniversary Special Concert 2015

[DVD]奥華子 10th Anniversary Special Concert 2015

2016年03月16日

ポニーキャニオン

[DISC1]
奥華子 10th Anniversary Special Concert 2015 夏 in 大阪市中央公会堂

[DISC2]
奥華子 10th Anniversary Special Concert 2015 冬 in 昭和女子大学人見記念講堂

※奥華子が一人で語る副音声付き

セットリスト

10th Anniversary Special Concert 2015冬 in 昭和女子大学人見記念講堂
2015.12.23@昭和女子大学人見記念講堂

  1. 花火
  2. 楔 -くさび-
  3. 東京暮らし
  4. 変わらないもの
  5. 嘘つき
  6. ガラスの花
  7. 羅針盤
  8. 大切なもの
  9. 白いハート
  10. 白い足跡
  11. 友達のままで
  12. 10年
  13. 君の笑顔
  14. Birthday
  15. スターチス
  16. 初恋
  17. ガーネット
Encore1
  1. タイムカード
  2. 足跡
Encore2
  1. ガンバレ

お知らせ

■ライブ情報

奥 華子 SPECIAL LIVE 2016
2016/02/07(日)北海道 名寄市民文化センター EN-RAY HALL

奥 華子 10th Anniversary Concert in 幕別
2016/02/21(日)北海道 幕別町百年記念ホール 大ホール

NEXT RADIO LIVE
2016/03/05(土)千葉県 舞浜アンフィシアター

奥華子 presents サンストリート亀戸、今までありがとう!ラストライブ
2016 /03/20(日)東京 サンストリート亀戸 マーケット広場

トアロード・アコースティック・フェスティバル2016
2016/04/17(日)神戸VARIT./BO TAMBOURiNE CAFE/niji cafe/ARTRIUM/スポルテリア/nomadika/北野工房のまち

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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