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きのこ帝国のVo&Gt佐藤千亜妃がもう一つの素顔を覗かせた、ソロカバーライブ『VOICE』をレポート

佐藤千亜妃 | 2016.10.12

 佐藤千亜妃が愛してやまない曲たちを披露する。それは現在のきのこ帝国の音楽性を形成する上で、大切な、必要不可欠な楽曲ばかり。その大事な曲たちだからこそ、彼女自身にとっても特別な日を選び、特別な会場を選んだに違いない。今振り返っても、贅沢極まりない時間だった。思い出すだけで、自然と笑みが零れ、心の奥底から幸せな感情が沸き出てくるようだ。もし叶うなら、またあの空間に身を沈めたい。久々にそんなライブを体感した。  

 佐藤の誕生日にあたる9月20日、ソロカバーライブ『VOICE』が開催された。今回はカバー曲を主軸に据えた内容で、きのこ帝国とはまた違う彼女の素顔を堪能できるとあって会場は完売御礼。結論から言えば、素顔どころか、ドキッとするほどのスッピンを曝け出してくれた。ゆえに観客も耳をそばだて、彼女の歌声をまるで凝視するように聴き入る。その様子を見て、「しっとり聴いてますね。なんか言ってよ(笑)」と佐藤はライヴ中に軽くツッコミを入れる有様だった。

 今日の舞台となったHAKUJU HALLは主にクラシック・コンサートが催され、ホール内の床はすべてサクラ材を使用し、個性的なデザインが目を引く格調高い会場だ。そのステージにドラム、ベース、キーボード、チェロというバンド編成を率いて、佐藤は登場。きのこ帝国の日比谷野音ワンマン(8月27日)公演でピンク色に染められていた髪は黒に戻っていた。  

 繰り返しになるが、この日はカバー曲中心ということで、彼女のルーツや嗜好がつまびらかにされる。その選曲にも内心ワクワクしていた。柴田淳の「片想い」でライブはスタート。繊細な歌声と歌詞の世界観がリンクし、1曲目からグッと引き込まれる。それから平井堅の「even if」、Crystal Kayの「Boyfriend」と恋愛にまつわる切ない心情を綴ったナンバーが続く。佐藤は時に語りかけ、時にファルセットを駆使し、時に力強いハイトーンにより、楽曲の根底にある感情を丁寧に掬い上げる。また、基本的にバックの演奏は歌をジャマせず、歌を飾り立てることに全精力を注ぐプレイに徹していた。繊細なフレーズが優美に絡み合い、最高の風景を作り上げている。とはいえ、例外もあり、前半の個人的なハイライトはUAの「雲がちぎれる時」だった。手数の多いドラムを前面に押し出すアップテンポなアレンジで攻める。佐藤もスイッチが入ったのか、マイクを持たない左手を激しく動かし、体を左右に振りながら、情熱的に歌い上げていた。この曲に限らず、どのオリジナル曲も個性の強いアーティストばかりだ。にもかかわらず、佐藤は完全に自分の血肉にしている。優れたカバーはオリジナルを超越する。お世辞でも何でもなく、そういう瞬間に遭遇し、何度も鳥肌が立った。そして、以前からフェイバリット・アーティストに挙げていたフィッシュマンズの「いかれたBaby」を挟み、佐藤は自身の誕生日に好きで歌ってきた曲を共有した。中学3年で初めて路上ライブをやり、鬼束ちひろの「流星群」を披露した際、酔っ払いに「東京で一番になれる!」と太鼓判を押されたエピソードを開陳し、観客を和ませた。  

 さぁ、ライブも佳境へ突入だ。次も路上ライブ時代にやっていたイルカの「なごり雪」をここでお披露目。出だしをアカペラにする演出が効果的で、佐藤は凛とした声色で誰もが知る大名曲を堂々と歌う。その姿は「一人の歌好きの少女」に還っているようで、内心ドキッとした。意図や作為がなく、歌う行為そのものが喜びと直結した純粋無垢な輝きを放っていた。それから宇多田ヒカルの「First Love」へ繋ぐ。これがまた素晴らしかった。好きで歌い込んでいる様が伝わってきた。さらに森田童子の「ぼくたちの失敗」はウィスパー・ボイスで見事に歌い上げるし、清竜人の「痛いよ」ではエモーショナルな歌唱力を存分に響かせるなど、あの曲もこの曲も自家薬籠中のものにしている。本編ラストは、今年「Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016」でプレイした新曲「キスをする」で締め括った。今日のカバー中心の選曲に突如挟まれても、不思議と違和感はない。言葉を一語一語噛みしめながら、そこに込めた気持ちを必死で伝えようとする歌い方だ。思わず溜め息が零れるほど、いい曲だった。 

 アンコール最後は佐藤がアコギ弾き語りで、きのこ帝国の「夜が明けたら」をオフマイクで熱唱。彼女の透き通る歌声が圧倒的な声量を伴って、会場全体を満たす。それはまさに声=VOICEだけの世界で、今日のライブを象徴するピリオドの打ち方だった。  

 振り返れば、きのこ帝国の日比谷野音ワンマンはバンドの歴史を総括する内容だった。それを経て、一人のシンガーとして勝負するソロ・ライブを決行した佐藤。このタイミングで自分の音楽ルーツ=原点に立ち返るアプローチを試みたのは非常に興味深い。日比谷野音ワンマンと今日のライブで披露した新曲を踏まえると、11月に出るきのこ帝国のニューアルバム『愛のゆくえ』は、これ以上なく豊かな表情をたたえた作風になりそうだ。佐藤のボーカリストとしての底知れない魅力が浮き彫りになったソロ・ライブを経て、彼女やきのこ帝国の音楽がもっと身近に感じられるようになった。あぁ、本当に最高の一時だった。是非シリーズ化してほしいものだ。

【取材・文:荒金良介】

tag一覧 J-POP 女性ボーカル 佐藤千亜妃 きのこ帝国 ライブ

リリース情報

愛のゆくえ

愛のゆくえ

2016年11月02日

ユニバーサルミュージック

01.愛のゆくえ
02.LAST DANCE
03.MOON WALK
04.Landscape
05.夏の影
06.雨上がり
07.畦道で
08.死がふたりをわかつまで
09.クライベイビー

お知らせ

■ライブ情報

echoes vol.3(きのこ帝国)
2016/11/23(水・祝) 梅田CLUB QUATTRO
2016/11/24(木) 名古屋CLUB QUATTRO
2016/11/29(火) 東京・Shibuya WWW X
2016/11/30(水) 東京・Shibuya WWW X

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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