前へ

次へ

黒木渚 ONEMAN LIVE 「音楽の乱」 音楽活動、完全復活!

黒木渚 | 2017.10.16

 なんという幸福感。そして一体感。さらに解放感。真っ白な服、目深にかぶったフードをはねのけ、待ちわびた人がついに目の前に現れた。絵に描いたような満面の笑顔。その瞬間のフロアの爆発と沸騰を、どんな言葉にすれば伝わるだろう。「ただいま。そして、おかえり!」 それは長く待っていたファンへの、そして自分へのメッセージ。黒木渚、約1年振りのライブ復帰。全国4か所を巡るツアー「音楽の乱」初日、ここ東京。かくも長き不在を一瞬で埋める、ステージの上と下とのすさまじいエネルギー交換からライブは始まった。

 実は1曲目を歌い出す前に、いかにも彼女らしい、演劇と文学を織り交ぜたオープニングがあった。命よりも大切な、歌という分身をもぎ取られた彼女が、再び立ち上がり運命への明るい復讐劇を始める物語。ツアーはまだ残っているから、詳しくは触れずにおこう。朗読や演劇の演出は黒木渚のステージにこれまでもあったが、これは創作ではなく事実、心にぶつかる衝撃度が違う。今夜は普通じゃないライブになるぞと、わずか数分で納得する、鮮やかなオープニングだ。

「来てくれて本当にありがとう。ブランクがあったから、浮気してもおかしくないのに(笑)。ただただうれしいです。元の私たちのやり方で、カラリと健康的に、笑って行こうじゃないか。楽しんで帰ってください!」

 不屈のポジティブを身上とする彼女らしい、明るい挨拶。しかし「私より先に泣くなよ」と付け加えたのは、あとで聞いたところ、号泣しているファンが何人も目に入ったからだそうだ。本人もエモいがファンもエモい。最高すぎて苦しいね。「テーマ」を歌う渚の声より、オイ!オイ!と叫ぶフロアの声の方が大きく響く。それを見て「すごい! 素晴らしい!」と言いっぱなしの渚。すごいと言えばバンドの演奏が本当にすごい。ドラムス柏倉隆史、キーボード田畠幸良、ギター井手上誠、ベース宮川トモユキ。ずっと彼女を支えてきた鉄壁のラインナップが、巧い上にこの日に賭けるすさまじい気迫を乗せて一丸となる。復活シングル「解放区への旅」も、音源では陽気なアイリッシュサウンドめいたポップさだが、ライブでは強力なビートが前面に出た、非常にスケールの大きな祝祭のダンスミュージックに聴こえる。

「この1年間に吸収した音楽以外のものも、存分に受け取ってください」

 この会場にはメインステージの隣にサブステージを兼ねたスペースがあり、そこも大胆に使ってのパフォーマンスが続く。「うすはりの少女」は、曲中に朗読を取り入れてまったく別の組曲のようだ。そしてバンドメンバー以外に謎のパフォーマーが一人、シュールで機敏な前衛舞踏、パントマイム、コミカルな言葉遊びや楽器との会話も取り込んで、目をみはる印象的な動きを見せてくれる。大きな成果を挙げた小説の執筆に加え、他ジャンルのアーティストと積極的に交流した1年間を経て、黒木渚ワールドがぐっと広がったことを示す斬新な演出だ。

 後半の衣装は、真っ赤な薔薇の花びらをそのままドレスにしたようなあでやかなもの。手に下げたバスケットから飴をばらまきながら、処女のように娼婦のように、女教師のように踊り子のように、いくつもの表情を見せる170センチの長身から目が離せない。「ふざけんな世界、ふざけろよ」では恒例のコール&レスポンス、満場のオーディエンスが“チクショーチクショーふざけんな!”と明るく合唱する、何度見ても腹の底から笑えて来る名場面。「素晴らしい! 私も元気出た!」と渚。「革命」では共に声を合わせてコーラスを、「フラフープ」では再びコール&レスポンスを。田畠がタオルを振り回してフロアを煽りまくる。なにしろ15か月振りのステージ、何をやっても無礼講だ。そしてあっという間に。残すは本編あと1曲。ここで渚は、この日一番長いMCをした。

「楽しいね。ずっと会いたかった。最高の気分です」
「開演するまでは、とても怖かった。でもみんなが迎えに来てくれて救われました。ここに戻ってこられて本当にうれしいです」
「まだ声が安定しない日もあるけど、それでも付き合っていきます。9月24日の夜をみんなと過ごせたことで、少し前に進んでいると言えるよね?」

 最後は思わず涙ぐみながら、裸の心をさらけ出す言葉に満場の拍手が降り注ぐ。戦う強さは美しい。運命に復讐を。ラストソングを歌うその顔にもう涙はない。未来への道を自ら切り開く女の強さを描く黒木渚イズムは、活動休止というアクシデントでより強固なものになったのではないか。声量は、たぶんまだ足りない。叫ぶようなパワフルな歌い方は、まだできない。それでも何も失った感覚はない。長年の癖を洗い落とし、一度ニュートラルに戻ったその声はどこまでも初々しく、初めて聴くシンガーのようにみずみずしかった。これはまさに、黒木渚の新しいステージデビューと言っていい。

 アンコール。ここで初めて、今日のライブで八面六臂の活躍を見せた謎のパフォーマーの正体が、世界的に知られるダンサー・伊藤キムだと明かされた。コンダクション(誘導、伝導)と名付けた、メンバーとオーディエンスを巻き込んだ即興演奏と即興合唱。その場で振り付けを作り、全員が歌に合わせて踊る、アンコールのラスト曲で繰り広げられた摩訶不思議な光景を、どんな言葉にすれば伝わるだろう。なんという幸福感。そして一体感。さらに解放感。

黒木渚の新しいステージは、音楽を中心として文学、演劇、舞踏、様々なものをミクスチャーし、その場のエネルギーをどこまでも増幅してゆく祝祭的なものだった。たとえここで種明かしをしても、次のライブではきっと違うパフォーマンスが生まれてくる。新たなビジョンを高々と掲げ、黒木渚はここからまた走り出す。すでに来年2月には人見記念講堂というさらに大きなステージでのワンマン公演を発表し、ますます目が離せない。解放区への旅は、今始まったばかりだ。

【取材・文:宮本英夫】
【撮影:椋尾詩】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 黒木渚

リリース情報

解放区への旅

解放区への旅

2017年09月20日

ラストラム・ミュージックエンタテインメント

1.解放区への旅
2.灯台
3.火の鳥
4.ブルー

お知らせ

■ライブ情報

黒木渚 ONEMAN LIVE「音楽の乱」
12/01(金) 大阪BIG CAT
12/15(金) 名古屋 Diamond Hall

黒木渚 ワンマンライブ「~幻想童話~砂の城」
2018/02/24(土) 昭和女子大学 人見記念講堂

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

トップに戻る