レビュー

井上苑子 | 2016.06.29

連載 第127 週
井上苑子「ナツコイ」


「ナツコイ」を3回聴いたら、「左耳」を1回聴くのが2016年夏のルーティン。

 この声は唯一無二。井上苑子のアイデンティティは、彼女の声質にある。ちょっと聴くと細くて高い歌声なのだが、そこに言葉が乗ると別モノになる。“言葉を運ぶ声”としての機能に関しては、細いどころか骨太のパワーがある。高さは甘酸っぱさにつながる。ティーンの恋愛を歌うには、まさにうってつけの声なのだ。 

 井上のニューシングル「ナツコイ」の歌詞の量はハンパない。一時、J-POPの歌詞は短くなる一方だったが、井上は正反対の道を行く。膨大な歌詞は、堂々たる恋愛ストーリーを紡ぐ。♪新しい自分に出会い始める♪、♪新しい自分に出会い続ける♪、♪新しい自分に変わり始める♪と、曲が進むごとに変化する“自分”は、恋愛を通して成長する女の子の心をアニメのコマ送りで見るようだ。
また井上はローティーンの頃からストリートで歌ってきた長いキャリアを持っているのにも関わらず、歌い込むタイプとは正反対の生々しさがあるのが魅力だ。このあたりが女子高生のリスナーにヒットするのだろう。だから狙いすましてリリースされる「ナツコイ」は、きっと今年のサマーソングのナンバーワン候補に名乗りを上げる。

 ところで僕はこのシングルを受け取ったとき、カップリングにクリープハイプの「左耳」のカバーが入っていることに魅かれた。ひと癖もふた癖もある尾崎世界観ソングを、一体、井上がどんな風に歌っているのかに興味を掻き立てられたのだ。 
「左耳」は昨年、井上が主演した映画『私たちのハァハァ』の劇中で彼女が歌っていた曲で、今回はアコギ1本のバックでカバーされている。井上も尾崎も声に非常に特徴があり、その声が好きかどうかで賛否が分かれるところが共通している。
恐る恐る聴いてみた僕は、いきなり耳を持っていかれた。明るい「ナツコイ」とは真逆で、井上のボーカルには深い陰影があった。尾崎の恋愛ソングには女子の立場で書かれたものがあり、「左耳」もその一つ。それを尾崎が鋭い声で歌うのが、クリープハイプの武器だ。が、女子の井上が歌うとまったく違うリアルが生まれていた。
尾崎のボーカルにはかなりの分量で“負のオーラ”が含まれているのだが、井上はそれを淡々と受け止めて歌で洗い流していた。結果、尾崎楽曲の新しい魅力が、井上の声によって発掘されていたのだった。
一つだけ気になる点があるとすれば、バックのギターの音色が貧弱なこと。ギタープレイそのものが良いだけに、もう少しレコーディングに気を配って欲しかった。

 ともあれ、「ナツコイ」を3回聴いたら、「左耳」を1回聴く。きっとそれが、2016年の夏のルーティンになる。

【文:平山雄一】

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リリース情報

ナツコイ[通常盤]

ナツコイ[通常盤]

発売日: 2016年06月29日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ユニバーサル ミュージック

収録曲

01. ナツコイ
02. 君との距離 
03. 左耳
04. ナツコイ(Instrumental)

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