レビュー

サカナクション | 2016.10.19

革新と郷愁が共存する2016年のテクノポップ

 “風”はソングライターにとって魅惑的なモチーフなのだろう。ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランの代表曲「風に吹かれて」 を始めとして、風にまつわる名曲はたくさんある。邦楽でまず思い浮かぶのは1971年発表のはっぴいえんどの2ndアルバム『風街ろまん』 収録曲「風をあつめて」だ。作詞・松本隆、作曲・細野晴臣の日本の音楽史上に残る名曲である。「多分、風。」を聴いていて、この曲を連想したのは風という共通のモチーフが使われているからだけではない。歌詞、メロディ、リズムを連動させて日本語の響きを活かすセンス、叙情性と革新性との両立において、両者が共通していると感じたからだ。「多分、風。」にはテクノポップのエッセンスも散りばめられているのだが、細野は後にYMOを結成している。サカナクションはこの曲によって、はっぴいえんど~YMOという音楽の歴史の流れを更新して、2016年のテクノポップを創造したのではないだろうか。

 テクノポップを現代の感覚で聴くと、近未来感も含めてノスタルジックに響く。その感覚も歌詞やメロディに巧みに反映されている。資生堂『アネッサ』のCMソングとして昨年夏に制作がスタートし、完成までに1年以上の時間をかけたとのことのだが、シティポップやテクノポップの要素を取り入れながら、彼ら独自の感性で構築されたサウンドは実に完成度が高い。緻密に練り込まれたサウンドでありながらも、余白があって、風通しが良くて、聴き手の想像力を刺激する音作りになっている。「多分、風。」というタイトルも秀逸だ。風は実態がなくて、一瞬で通り過ぎていくものだが、なびく髪などによって、視覚的に察知出来る。この歌によって出現するのは記憶の中にある一瞬の光景だろう。「風をあつめて」は都市を舞台としたシティポップの先駆的な曲だったが、「多分、風。」は畦道が舞台だ。つまりシティポップならぬカントリーポップ。胸の中に存在している懐かしき場所へと誘っていく不思議なパワーがこの曲には宿っている。

 2曲目は「moon」。“月”も音楽でよく登場するモチーフだが、この曲が画期的なのは“眺める月”ではなく、“踏みしめて進んでいく場所”として月が描かれていることだろう。民間の月面探査プロジェクトのCMソングとして制作されていて、無人の月面を進んでいくアグレッシヴかつロマンティックなグルーヴと人間の力を結集したようなハーモニーが高揚感をもたらし、月面探査と音楽の探求というフロンティア・スピリッツが共鳴して響く。1曲目が“風”、2曲目は“月”、3曲目の「ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)」には“花びら”“羽ばたいて”というフレーズがある。強引にまとめるならば、“花鳥風月”全部入りのシングル。風流にして革新的なこの新作はサカナクションのネクスト・ステージの予告でもありそうだ。

【文:長谷川 誠】

リリース情報

多分、風。

多分、風。

発売日: 2016年10月19日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ビクターエンタテインメント

収録曲

1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)

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