レビュー

サカナクション | 2016.10.19

あらゆる“うまい”が詰め込まれた新たな傑作

 エレクトロを基調とした洒脱なサカナクションサウンドの随所に散りばめられた煌びやかなフレーズやシンセドラム的アタック感にふと80年代テクノポップの匂いを感じてにやついてしまった。筆者は紛うことなき昭和世代の人間なわけだが、そうしたいわばレトロなエッセンスを衒(てら)いなく取り入れ、さらには“逆にカッコいい”とか“むしろ新鮮”などというような小賢しいエクスキューズもまるで必要とせず、ただ堂々とこの21世紀、しかも2010年代も早半ばを過ぎた現在に最新型ポップミュージックとして轟かせる山口一郎のセンスと手腕に改めて惚れる。

 いやホント、つくづくうまい。表題曲「多分、風。」を一聴して真っ先にそう唸らされた。“うまい”とはすなわち“巧い”であり、“上手い”であり、“旨い”(あるいは“美味い”)だ。前述のセンスや手腕にも直結するが、ひとつ一つ、じっくりと吟味された音色の選び方から組み合わせ、音像の構築といった音作りの巧さ、加えてそれらをバンドアンサンブルに昇華するメンバー個々の卓抜した力量を称しての上手さ。リスナーの期待の常に上を行く“上手(うわて)”という意味ももちろんある。そして耳にダイレクトに訴えかける圧倒的心地よさを味覚に置き換えてみたならば、の旨さ。この曲にはありとあらゆる“うまい”が詰め込まれている。

 例えばタイトルに打たれた句点と読点、そこから立ちのぼる文学的叙情性や、“ショートヘアをなびかせたあの子”が連れてくる風景の透明な甘酸っぱさなど、サウンドのみならずリリックにもどこかノスタルジーが漂うが、それでいてその世界観には不思議とセピアがかったところがない。あくまでも視界はクリアなまま、“あの子”との邂逅(かいこう)が瑞々しく描かれていて、そのリアルな鮮やかさに目をみはらずにいられない。そうして綴られた言葉と緻密に織り上げられた音が互いに結び合ったとき、イメージは飛躍的に増幅されるらしい。特に後半、大胆に利かせたディレイがまた絶妙で、“風”の一語から本当に吹き抜ける風を感じたのには素直に驚かされてしまった。やっぱり、うまい。

 前作「新宝島」以降、完成まで実に1年以上かかろうと、リリースが当初の予定から2ヵ月延びようと、徹底して誠実に音楽と向き合い続けたからこそ生まれたサカナクションの新たなマスターピース。延期に際しての「納得のいく作品としてリリースしたい」「本当に完璧だと思えるものを皆さんにお届けしたい」という想いは彼ら自身にとっても見事に果たされたことだろう。

 壮大な合唱曲「moon」、藤原ヒロシが初めて手がけるサカナクション楽曲のリミックス「ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)」とカップリングも充実の今作。2017年1月からスタートする待望のツアー“SAKANAQUARIUM 2017”ではどんなふうに響くのか。想像しただけで胸が高鳴る。

【文:本間 夕子】

リリース情報

多分、風。

多分、風。

発売日: 2016年10月19日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ビクターエンタテインメント

収録曲

1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)

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