8月10日に出るはずだったが、「納得いく作品としてリリースしたい」という理由で、10月19日発売になった、「新宝島」から1年ぶりのサカナクションの新しいシングル。その「新宝島」は映画『バクマン。』のテーマとして書き下ろされたものだったが、その時も歌詞で苦労して遅れ、完成したのは当初の締め切りから半年後だったという。山口一郎、「新宝島」に限らず歌詞で苦しむタチのようで、以前の某曲は「バージョン70」を超えた、つまり70回以上書き直したと本人にきいたことがある。

　日本語のロックの歌詞の新しい文体を作りたい。これまでのロックのセオリーの外に出て、言葉をメロディにのせたい。山口一郎がトライしていることをざっくり言うと、そうなると思う。今のサカナクションの曲にふさわしい歌詞を探すと、そうせざるを得ないのだろう。直接的すぎても抽象的すぎてもいけない。言葉の響きが気持ちよくなくてはいけないが、それだけでもいけない。意味がないといけないが、意味だけ伝わるのも違う。というようなことを突き詰めていくと、これまで自分が、もしくは誰かが書いてきたパターンのどれかを選ぶことができない、根本から新しく作るしかないということなのだと思う。
　だからそんなに苦しむのだろうが、それが結果に結びついていることが、聴けばわかる。たとえば「風 走らせたあの子にやや熱い視線 焦らせたその仕草に」というサビ。こんな語感とこんなリズムの言葉をサビに持ったロックの曲、存在しなかった。ポップでシンプルだが、集中して聴けば聴くほど「いや、待てよ」といろんなものを発見できる曲である。AメロBメロの抑制感とサビの高揚感も、まさにサカナクションのシングルの王道でありながら「でもここ、新しい」と何度も言いたくなるサウンド・プロダクトも、すばらしい。

　なお、2曲目の「moon」は、サカナクションがアンバサダーを務める月面探査プロジェクト「au×HAKUTO MOON CHALLENGE」のTVCMソングで、もともと「Ame(B)」のリミックスなどで使っていたメロディを楽曲化したもので、声あり・メロあり・言葉なしの、サカナクションならではの美しいダンス・トラック。3曲目は「ルーキー」を藤原ヒロシがリミックスした作品で、「サカナクションの曲にこういうアプリーチもできるのか！」という新鮮な驚きに満ちた仕上がりになっている。

【文：兵庫 慎司】