レビュー

長澤知之 | 2017.04.11

 シングル「僕らの輝き」(2006年8月)でメジャーデビューを果たしてから今年で10年。シンガーソングライターの長澤知之から、これまでのキャリアを総括する2枚組ベストアルバム『Archives #1』が届けられた。「あんまり素敵じゃない世界」「バベル」などの人気曲のほか、未発表テイク、ライブ音源、新曲「蜘蛛の糸」「R.I.P.」を収録。リアルな感情表現と普遍的なメロディラインがひとつになった音楽性をたっぷりと体感できるベスト盤となっている。

 リリース順ではなく、(まるでライブのセットリストのように)音楽的な流れを重視して収録されたという本作。まず印象に残るのは、エバーグリーンという言葉が似合う質の高いメロディラインだ。両親の影響で讃美歌を聴きながら育ち、その後、ザ・ビートルズ、サイモン&ガーファンクルと90年代のJ-POPを好んでいたという長澤。生々しい情感、聴く者を惹きつけるフックを併せ持ったメロディセンスは、現在の音楽シーンにおいても完全に際立っている。シャープな手触りを備えた声質との相性も抜群だ。
 一方、歌詞の内容は時期によって少しずつ変化を遂げている。初期の頃は強い攻撃性を帯び、痛々しさ、虚無を描き出すこともあったが、楽曲への評価が高まるにつれて、リスナーに向けて開かれた作風へと移行しているのだ。音楽を介した純度の高いコミュニケーションによって、彼自身の心の中にも光が差し込み、音楽自体の温度も上がっていく――このアルバムから感じられる歌の内容の移り変わりは、長澤知之というひとりの人間の成長と直結しているのだと思う。

 ふたつの新曲についても触れておきたい。まず「蜘蛛の糸」は鋭利なギターフレーズとドラマチックな旋律のなかで、“天井にいる蜘蛛”をモチーフに歌が広がるミディアムチューン。様々な葛藤を抱えながらも、どこかにあるはずの希望を求め続ける心情を描いたこの曲は、シンガーソングライターとして彼のあらたな到達点と言っていいだろう。女性讃歌として制作されたという「R.I.P.」には、長澤が在籍しているバンド“AL”のメンバーである小山田壮平、藤原 寛、後藤大樹が参加。気の置けない仲間同士による爆発的なロックンロールナンバーに仕上がっている。

 4月には大阪、福岡、東京で約3年ぶりとなるバンドツアー“-10th Anniversary Anthology- Nagasawa Tomoyuki Band Tour ’Kumo No Ito’ 2017”を開催。トレンドに接近することもマーケティングに頼ることもなく、自らの美意識、音楽観に忠実な楽曲を生み出し続けている長澤知之。本作をきっかけにして、“孤高”と称される彼の存在が幅広い音楽ファンによって共有されることを心から願う。

【文:森 朋之】
【写真:杉田 真】

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リリース情報

Archives #1

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Archives #1

発売日: 2017年04月12日

価格: ¥ 3,056(本体)+税

レーベル: ATSUGUA RECORDS

収録曲

DISC 1
1 あんまり素敵じゃない世界
2 フラッシュバック瞬き
3 夢先案内人
4 バベル
5 センチメンタルフリーク
6 スーパーマーケット・ブルース
7 STOP THE MUSIC
8 バニラ(2014 Acoustic)
9 MEDAMAYAKI
10 誰より愛を込めて
11 消防車
12 R.I.P.(新曲)
13 マンドラゴラの花
14 犬の瞳
15 享楽列車(2014 Live)
16 三年間
17 蜘蛛の糸(新曲)

DISC 2
1 P.S.S.O.S.
2 THE ROLE
3 JUNKLIFE
4 狼青年
5 片思い
6 零
7 RED
8 ねぇ、アリス
9 風を待つカーテン(2007 Demo)
10 EXISTAR
11 スリーフィンガー
12 茜ヶ空
13 明日のラストナイト
14 はぐれ雲けもの道ひとり旅
15 回送
16 ベテルギウス
17 僕らの輝き

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