レビュー

そこに鳴る | 2018.05.07

そこに鳴る

「振り切った!」、その結果、「とてつもないもの」が生まれ、それは、あの頃の自分に教えたくなるような凄い作品でもあった。
さしずめ私がこの、そこに鳴るの最新ミニアルバム『ゼロ』を、あらすじ化するとこうだ。

 しかし驚いた。その振り切りぶりと、そこから生まれた「とてつもないもの観」にだ。
そこに鳴るの音楽性の一般的なイメージと言えば、ピロピロとライトハンドを駆使した幾何学的なストップ&ゴーを交えたポストロック的な要素や、男女混合のツインボーカル性、はたまたしっかりとした歌もの的な気質があり、最近では、前作ミニアルバム『METALIN』で伺えた怒涛のツーバス性やメタル的な要素を挙げる方も多いだろう。今回の『ゼロ』では、彼らの一般的にイメージされる上述の特徴や特筆すべきところ、魅力やストロングポイントが、それこそラーメンに例えると、増し増しの全部乗せで、ドドンと収まっている。

 これまでも作品毎に進化を遂げ、都度我々を驚かせてきた彼ら。しかし、同時にそれらは、新しく加わっていく要素の方に、つい耳が奪われ、彼らの魅力である先述の要素が、あちらを立てれば、こちらが立たず的に感じるに至らせてしまってもいた。実際、今振り返っても、技巧に走れば耳がそこに奪われ、男女混合ボーカルに走れば、幾何学的な要素の凄さに耳がいかなくなっていたように感じる。しかし今作は違った。前述のように全部乗せ、且つ増し増しなのだが、それらが全て平等に耳を奪いにかかってくるのだ。加え、「ライブでの再現性は二の次」と言わんばかりに、作品性や構築性も高く、自分たち以外の楽器類や同期も惜しみなく投与され、ブレイクコアばりのエディットも施されており、誠に非の打ちどころのない作品と化していた。

 元来、彼らの作品は割とその再現性にこだわっていたように映る。が故に、自分たちでできる最大限の音数やテクニック、アイデアや組み合わせの妙で、各楽曲の世界観を成立させてきた。今作は、その再現性やこのメンバーだけで何が可能か?    のみならず、そこに、より楽曲の世界観に寄り添ったマテリアルがふんだんにぶち込まれていたりする。
メタル的要素と目まぐるしいマスロック的な幾何学さ、地鳴りのような2バスと、そこを抜けて現れるはっとする美しさとストレートさが魅力の「掌で踊る」。重低音とうわもの的ベースの同居とライトハンドとノイジーギター、そこはかとない上昇感とさりげない転調、そして、神秘性を帯びた男女混声が特徴的な「Less Than Zero」、エレガントなピアノや電子音、空間系のシンセといった自分たち以外の楽器の導入にも覚悟を感じた、カオスを抜けたストレートさがたまらない「表裏一体」、ポストロック/マスロックと歌謡的メロディや歌詞も印象深い「Self Connection」、ポストロック/マスロック的パラレルな楽曲展開とマシンガンのようなバスドラが興奮感を煽り、対照的に「優しく殺して」的な歌の同居も耳を惹く、ラストに向けとてつもない広がりを魅せる「physical destrudo」、そして、シンセや鍵盤の導入、怒涛の攻めとサビの優雅なストリングス音の中広がるストレートな解放感のドラマティックさも耳に残る「indelible time」の全6曲が聴き手を驚かせようと、手ぐすねを引いて待っている。

 今回のタイトルは『ゼロ』。ご存知、プラスでもマイナスでもない最もフラットでもあり、リスタートや振り出しに戻る、スタートラインの意味にも取れる言葉だ。そして、それを今作に当てはめると、私の場合はフラットな“0(ゼロ)”の意味として捉えた。ゼロはどこにでもいける。プラスにも向かえるし、マイナスにも向かえる。今後、自分たちの音楽に足して現れるもの、引いて現れるものへの楽しみとカブる。
今作は制作前のコンセプトとして、「現在の自らの作品で、当時の14歳の純粋な音楽に対する感情を持った自らに衝撃を与えるべく初期衝動のみを追求した作品に仕上げることを目標とした」があったらしい。もし、今作を当時の自分に聴かせることができたら、その自分は、どのような感想を抱くだろうか?きっと、いや絶対に、「待ってました!」とばかりに真っ先にファンになり、これを機にバンドを始めるに違いない。

【文・池田スカオ和宏】

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リリース情報

ゼロ

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ゼロ

発売日: 2018年05月09日

価格: ¥ 1,700(本体)+税

レーベル: マーガレットミュージック

収録曲

1. 掌で踊る
2. Less Than Zero
3. 表裏一体
4. self connection
5. physical destrudo
6. indelible time

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