“もうひとつの名曲”の誕生を予感させる、秦 基博のニューシングル

秦 基博 | 2012.10.29

 凛とした3拍子のアコギのアルペジオに乗って、“情景” “陰影”“演説”“整然”と静かにライムを踏む「Dear Mr.Tomorrow」 のAメロは、まるで詩の朗読のように淡々と世情を写し、秦の現在の思いを込めたサビが真正面から心に響く。演奏はギターもリズムも、すべて秦が演奏していて、プロデュースも彼自身が行なっている。その端整なたたずまいは、秦の“もうひとつの名曲”の誕生を裏付けているかのようだ。
 カップリングの「月に向かって打て」は、野球を題材に前向きな気持ちを穏やかに歌い上げる。また「you and me-5th anniversary」 は、去年の5周年ライブのオープニングを飾ったテーマ・インスト曲。シンプルに絡み合うアコギが、秦の“今”を見事に映している。
 高いレベルで安定している秦の創作について聞いてみた。

EMTG:セルフ・プロデュースのシングル表題曲を出そうと思ったのは?
秦:いや、そう考えて作ったわけではないんですよ。アルバムに向けての曲作りをしていて、この曲ができて、もっと大きなアレンジにする方向もあったんですけど、曲の温度がいちばん伝わるのがこの形だったんです。自宅でひとりで全部演奏してプリプロをしていたときの空気感が入った方が、言葉が特徴的に聴こえてくる。言葉が刺さってくると思って。シングルがバラード寄りになっていくと、僕の歌のイメージが 限定されるから、“変化球”的なシングルを出すタイミングじゃないかと思っていたんですけど、やっぱり「Dear Mr.Tomorrow」がいちばんメッセージが届く歌だった。だから、シングルを意識して作ったわけではなくて、 「この曲がどうあるべきか」を考えて作って、結果的にはこれが選ばれたっていう。
EMTG:「Dear Mr.Tomorrow」のAメロの、落ち着いたタッチが素晴らしいね。
秦:ギターを弾きながら作っていて、最初から“ポエトリー・ リーディング”(詩の朗読)の匂いが、言葉の乗せ方にありました。Aメロでどういう景色を歌うのか、のイメージはあって。ただその段階では、まだサビの歌詞はなかった。 Aメロとのバランスの中で、Aメロは熟語を使ってムードを出せていたから、サビではバキっとした意味のある言葉を歌おうと思って。そうやって、“曲の顔立ち”を決めていったんです。そのとき、“時代”っていうキーワードが出てきたんですよ。
EMTG:「Dear Mr.Tomorrow」は、夜のニュース番組のエンディングで流れることになったわけだけど、一日の終わりに聴く曲として、すごくいいと思う。
秦:”一日の終わりに、みんな、どういう曲を聴くのかな?”って考えたときに、始まり方が大事だなと思って、その意味でもAメロのムードはいいと思いますね。
EMTG:そしてサビで“時代”を歌 う。こういう歌詞は、秦くんの中では珍しいね。
秦:背伸びしないで社会のことが書けたらいいなとは、ずっと思ってたんです。
EMTG:去年から、本当にいろんなことがあったもんね。
秦:震災もあったし、その前からも口蹄疫とかがあって、みんな閉塞感を感じてる。毎日を暮らしていくには、やり過ごしたり誤魔化したりすることも多くなっていって。Aメロはそこに目を向けて情景を切り取ったんです。で、時間が経過してある程度冷静になったところで、「今はどうなんだろう」とか「いまだに続いているのか」って考えたときに、サビの「♪答えは風に吹かれ きっと 僕らを待ってた♪」につながっていきました。
EMTG:「月に向かって打て」は?
秦:僕もこの歌の主人公みたいに、小学校の卒業文集に「プロ野球選手になりたい」って書いて、実際、今は全然違うことをやってる(笑)。昔の夢があって、今は今として頑張りたいっていう思いの歌。この曲もブラスを入れてすごく明るくポップにもできたけど、違和感があった。で、歌詞を書いてみたら、違和感がどこから来ているのかがわかったんです。まず、ラブソングじゃないと思った。ひとりの男の人生をライトにとらえた上で、この歌詞を書いたんです。そうしたらアレンジの島田(昌典)さんも同じことを感じてたみたいで、話し合って“バンド”的なロックな方向に持っていこう、となりました。
EMTG:「you and me-5th anniversary」は?
秦:もともとライブの開演時のSEとして作った曲なんです。会場に来た人のための曲で、ライブを観てくれた人しか聴いていない。5周年ライブのテーマ曲でもあったから、この5年間に僕のライブに来てくれた人へのささやかなプレゼントとしてレコーディングした曲だったんですけど。こうして形に残すことで、「よかったら手元に置いて聴いてください」っていう。
EMTG:いいプレゼントだね。それに しても「Dear Mr.Tomorrow」は、演奏も全部自分でやって、大変 だった?
秦:デビューした頃は、自分ではアレンジしていなかったんですよ。それが今は、自分で「こんな音が欲しい」って具体的に決められるようにようやくなった。今回は、自分だけのグルーヴや色付けが「Dear Mr.Tomorrow」に似合うと思ったのでやったんですけど、アコギは普段 から弾いてますが、エレキギターとかをレコーディングで弾くのは、改めて難しいなと思いましたね。”みんな、よくこんな難しいことやってるな”って(笑)。でも最終的 には、すごく楽しい作業ではありました。
EMTG:その楽しさも含めて、「Dear Mr.Tomorrow」には秦くんらしい明るさがあると思う。
秦:そうですね。そろそろ誤魔化してばかりはいられないって、みんな気付いてる。でも「またつまらない明日がくるのかな」とも思ってる。本当は、明日や未来を嬉しい気持ちで迎えたいんですよ。一番のサビの、笑われてもいいから高らかに希望を謳おうって宣言することが大事だと思う。その意味でも、自分が今感じてることを、しっかり歌に込められたかなと思います。
EMTG:ありがとうございました。

【取材・文:平山 雄一】

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リリース情報

Dear Mr.Tomorrow(初回盤)

Dear Mr.Tomorrow(初回盤)

2012年10月31日

アリオラジャパン

ディスク:1
1. Dear Mr.Tomorrow
2. 月に向かって打て
3. you and me-5th anniversary-
4. Dear Mr.Tomorrow (backing track)
ディスク:2
1. Over The Rainbow (from“A Night With Strings”at 日本武道館(2012.2.25))
2. エンドロール (from“GREEN MIND 2012”in 茨城(2012.5.26))
3. トレモロ降る夜 (from“GREEN MIND 2012 in 岩手”(2012.6.30 第19回世界遺産劇場・特別記念公演 -平泉-))
4. キミ、メグル、ボク (from“AUGUSTA CAMP 2012”in 横浜(2012.8.4))
5. Theme of GREEN MIND (from the backyard in 平泉(2012.6.29)) -additional movie-

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自宅のスタジオに本棚を買ったんですけど、一応の備えを考えて。ウレタンの壁にネジで止めてはみたんだけど、効果ないかも(苦笑)。


■ライブ情報

「Kyoko 20th Anniversary “Over The Limit”」
2012/11/03(土/祝)渋谷www

FM802 PREMIUM STAGE “Kyoko 20th Anniversary”
2012/11/18(日)奈良市内某所

FM SENDAI 30th Anniversary〜Special Acoustic Night〜
2012/11/22(木)仙台Rensa

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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