安藤裕子、初のアコースティックアルバムで抱くニュートラルな気持ち

安藤裕子 | 2014.03.26

 安藤裕子がアコースティックミニアルバム『Acoustic Tempo Magic』をリリースした。今年で6年目を迎えるアコースティックツアーの存在が、本作を制作する動機の源泉になった。今後の曲作りにおいても、歌との向き合い方においても、安藤にとってひとつのターニングポイントにもなりそうな本作。比類なきシンガーソングライター、安藤裕子の現在地に迫った。

EMTG:アンサンブルの繊細な緊張感と美しさのなかで、安藤さんの歌の根源的な力が浮き彫りになったアコースティックアルバムだなと。完成した感触はどうですか?
安藤裕子:正直、不安もありますね。やっぱりいままで制作してきた作品はもうちょっと耳障りがなめらかというか。
EMTG:それに対して、このアコースティックアルバムはポップの装飾を削ぎ落してますよね。
安藤裕子:そう。このアルバムはレコーディングも基本的に一発録りでやっていて。ライブ音源ではないけれど、スタイルとしてはそれに近いものをCDに収めることの不安はあって。人がそれをどう聴くのかなという。
EMTG:ただ、アコースティックツアーを恒例化して6年目で、いまなら盤にできると思ったわけですよね?
安藤裕子:そうですね。そもそもはツアーでいろんな街に行きたいんだけど、バンドだとどうしても予算的に厳しかったりするので、編成をミニマムにして、ギターとピアノだけでやれるライブをということでアコースティックツアーが始まったんですね。ただ、私はずっと人前に立つことが苦手で。歌声はマイクに乗っても、MCの挨拶はマイクに乗らなくて、PAさんから“もうちょっとマイクを近づけてください”って言われちゃうくらいの感じだったから(笑)。でも、そうやって怖くて緊張するなかでも、ライブを重ねていくうちにレコーディングとはまた違う曲の答えみたいなものを知れるようになったんですよね。
EMTG:体現することで始めて曲の本質を知るという。
安藤裕子:そう。そうやって育っていった曲がすごくあって。で、アコースティックツアーが始まると、バンド編成でやるライブとはまた違った曲の育ち方を実感できて。それを普段ライブに来られない人にも作品としても届けたいなと思うようになってこのアルバムを制作することになったんですけど。
EMTG:有り体な表現をすれば、アコースティックライブは裸の歌に近づいていく音楽行為でもあると思うんですね。そこで安藤さんが歌い手としてつかんだものがどういうものなのかを、このアルバムで感じることができる。
安藤裕子:アコースティックツアーを始めて、自然に歌というものと向き合うようになったなと思います。アコースティックはバンド編成のライブほど演出や仰々しさはなくて、客席の近さもあいまって、お客さんを巻き込んで音楽が自然に成り立っていくことを強く実感するんですよ。バンドのライブはバンドのなかでの到達点を探していく感じがあるんだけど、アコースティックはその場にいるお客さんによって答えが変わる部分があるなって思う。それは、会場の鳴りや空気でも違うし。あと、バンドだとリズム的に縦の区切りがすごくあるんですけど、アコースティックだと既存のリズムをあまり必要としてないところがあって。私の空気の指揮みたいなものにメンバーが合わせてくれる感覚がより強いですね。曲がさらに裸で自由になるというか。
EMTG:そういう意味でも、アレンジによってここまで歌の表情が変わるんだという発見もあったと思います。
安藤裕子:それはすごくありますね。「slow tempo magic」もアコースティックアレンジで歌ってみると“あ、この曲はこんなにヒステリックな要素があるんだ”って気づいたり。自分も知らなかった曲の感情が出てきて。ライブのセットリストに関してもアコースティックだからといって、のほほんとはやりたくなくて。ちゃんと起承転結があって、ちゃんと空気が膨らんでいって、ちゃんとライブを閉じたいという思いがあるから。それが成立するように心がけてセットリストを組んでます。
EMTG:今作はタイトルが示しているように1stフルアルバム『Middle Tempo Magic』の楽曲を中心に、カバー(「早春物語」/原田知世)と新曲(「世界をかえるつもりはない」)で構成されていますが、あえてあらためて原点と向き合ってみようと思ったんですか?
安藤裕子:『Middle Tempo Magic』から順番にやってみて、反応がよかったらシリーズ化できるかなと思ったというのもあって。
EMTG:いま、ご自身では『Middle Tempo Magic』のころの安藤裕子はどういうシンガーソングライターだったと思いますか?
安藤裕子:どうだろう? 当時はレコーディングのブースが狭くて怖かったとか、そういうことを思い出しますね(笑)。すぐ体調も悪くなっていろいろ大変でした。スタッフもいろいろ気遣ってくれて。あのころはみんな優しかったのに、だんだん慣れてきたら、ちょっと私の体調が悪くなると「明日、歌入れだから仮病でしょ?」って言われるようになって(笑)。
EMTG:あはははは。でも、かなりセンシティブだったし、当時は体調が悪くなるほど歌と向き合うのが難儀だったということですか。
安藤裕子:難儀でしたね。曲を作るのは好きだけど、とにかく歌うのが苦手だったから難しかったですよ。いまも昔よりはうまく歌えるようになったと思うけど、歌声に対してのコンプレックスは消えないですね。自分の声がホントに嫌いなんですよ。自分が作った曲を別の人が歌ってくれたらいいのになって思いながらやってますね。
EMTG:得てして特別なボーカリストはそう言うんですよね。
安藤裕子:そうなんですかね? だから、自分の歌が誰かに届いたり、誰かと気持ちをひとつにできたなら、それはとてもうれしいことで。それを少しでも叶えるためにボイトレにも通ってるし、腹筋も鍛えてるんですけど。でも、話を戻すと、『Middle Tempo Magic』は自分でも好きなアルバムですね。本人は苦労して録ったんだけど、楽曲的にはポップだし、聴きやすいと思うから。自分のキャリアを振り返ったときに人間として成熟していくなかで、だんだん私小説が増えすぎたところはあるなと思います。もちろんそれは曲が深まるということでもあるんだけど、すごく体力のいる音楽になっていったなって。そういう意味でも最近のテーマはもう1回気軽になろうということで。
EMTG:歌のあり方をニュートラルな状態にしたいと思ってると。
安藤裕子:そう、もっとポップに聴ける曲を作りたいなって。意識はしてないんですけど、シンガーソングライターだからどうしても出てくる曲が自分のことになってしまう傾向があるんだろうなって。個人的にはバラードは全然好きじゃないんですけど、私の体感リズムが遅いせいかバラードが異様に多いんですよね。
EMTG:面白い。
安藤裕子:あと、デビュー当時と変わらないところは音楽に興味がないところ(笑)。
EMTG:ハンパじゃない(笑)。
安藤裕子:曲を作るのは好きなんですけどね。聴くのは全然好きじゃないんですよ。そもそも大きい音が得意じゃなくて、テレビの雑音が好きなんです。学生時代にテスト前の一夜漬けとかもテレビの雑音が流れていると集中できたんですよね。いま、絵を描いたり、裁縫をするときもそうだし。
EMTG:でも、安藤さんの歌は流し聴きを許さない趣が強いというね。
安藤裕子:そう、自分の曲は流し聴きを許さない感じが強いから苦手なんでしょうね。それはしょうがないなと。
EMTG:普段の生活のなかでもあまり音楽が存在してないんですか?
安藤裕子:ないですね。居間にはCDプレイヤーとテレビと本棚があるんですけど、CD自体は奥の子供部屋にしかないですから。
EMTG:お子さんに聴かせるものしかないんだ。
安藤裕子:そう。あとは子どもが観るディズニーのDVDとかですね。
EMTG:でも、ディズニー作品しかり、童謡しかり、子ども心に訴求する曲って名曲だらけですよね。
安藤裕子:そうなんですよね。『バンビ』とか『白雪姫』とか素敵な曲が多いなって思う。子どもと観ながら自然と鼻歌を歌ってたりするし。
EMTG:そういうところと、さきほど言っていたニュートラルな状態になりたいという思いは繋がってるところもありますか?
安藤裕子:あ、そうかもしれない。子どもが『シュレック』が好きで、劇中の最後のほうでスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」が流れてキャラクターがみんな踊るんですよ。それを子どもがマネして“フーッ!”とかって叫んでるから面白いなと思って。それで私もダンスミュージックがやりたいなと思ったり。
EMTG:いいですね。今作のラストに収録されている新曲「世界をかえるつもりはない」はフォークソングのような趣のある力強い楽曲で。どういう思いで書いたんですか?
安藤裕子:いまのこの時代って、どこか終焉の時期だと思っていて。私が生まれ育った時代というのは、人類史上稀に見る平和かつ豊かな時代だと思うんです。私も苦労なく育ちました。でも、きっともうそういう時代じゃないことはみんな気づいてると思う。地震(東日本大震災)があって、子どもを産んだり、私を育ててくれたおばあちゃんが亡くなったりという経験したなかで、私は“これは時代の変わり目なんだな”って思ったんです。この子が育っていくなかで、どこまでいい時代の余韻がもつかなみたいなことも考える。でも、もとを正せば人類は屈強のなか生き抜いてきた歴史があるわけだから。この子も強く生き抜いてほしいなと思う。
EMTG:うん。
安藤裕子:そのうえで、こういう時代のなかで「信じれば夢は叶うよ」とは言えないと思うんです。だけど、夢を持たないほうがいいのかといったらそうじゃなくて。たとえば暮らしぶりが悪くても、何かを手にするためにがむしゃらに生きて、笑顔でいる人がいたら、その人こそが時代の希望の星だろうって思うから。自分自身がどういう状態でも日々を一生懸命、手応えをもって生きている人がいたらその人が幸せの基準になると思う。そういう人を応援したいという気持ちなんですよね。この曲を作ったときはそんなことは全然考えてなかったんですけど、ライブで歌ってみて、レコーディングしたなかでそう感じました。
EMTG:今後の安藤さんにとってもこの曲が内包している力強さは大きいんじゃないかと思います。ニュートラルな状態になるという意味でも。
安藤裕子:そうですね。がむしゃらに生きてみたいなという憧れもありますし。この曲で得たものはこれから作る曲にも反映されていくんじゃないかと思います。

【取材・文:三宅正一】

tag一覧 アルバム インタビュー 女性ボーカル 安藤裕子

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ビデオコメント

リリース情報

Acoustic Tempo Magic

Acoustic Tempo Magic

2014年03月12日

cutting edge

1. slow tempo magic
2. 黒い車 feat. NARGO(東京スカパラダイスオーケストラ)
3. 早春物語(原田知世カバー曲)
4. 隣人に光が差すとき
5. 聖者の行進
6. 世界をかえるつもりはない(新曲)

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■ライブ情報

安藤裕子 2014 ACOUSTIC LIVE
2014/05/06(火・祝) 神奈川 鎌倉芸術館 大ホール
2014/05/16(金) 香川 高松市玉藻公園被雲閣大書院
2014/05/17(土) 広島 尾道市民センターむかいしま文化ホール こころ
2014/05/24(土) 大阪 サンケイホールブリーゼ
2014/06/01(日) 仙台 宮城野区文化センター コンサートホール
2014/06/07(土) 沖縄 桜坂劇場 ホールA
2014/06/15(日) 名古屋 しらかわホール
2014/06/21(土) 東京 めぐろパーシモンホール 大ホール
2014/06/28(土) 福岡 IMSホール

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