ハナレグミ、映画『海よりもまだ深く』に導かれてつくられた新曲「深呼吸」

ハナレグミ | 2016.05.30

 絶賛上映中の映画『海よりもまだ深く』。その主題歌と映画音楽を担当しているのは、是枝裕和監督たっての希望で指名されたハナレグミこと永積 崇。主題歌として制作された「深呼吸」をニューシングルとしてリリースしたばかりのハナレグミにじっくり話を訊いた。

EMTG:今回『海よりもまだ深く』の映画音楽はどのように作っていったんですか?
永積:お話をいただいてやることが決まった時には、映像はほとんど出来上がってたんですよ。監督の中でも音はこの場所とこの場所……って感じであらかじめ決まっていて。僕はその映像を何度も見ては自分の中で消化して、音を作っていくっていう作業だった。映画音楽って場合によっては、撮影前の絵コンテ段階で音をつけていく場合もあるけど、今回は音楽をつける状況としてはすごくやりやすかったですね。
EMTG:主題歌になった「深呼吸」も、物語に導かれて作られていったようですね。
永積:今回の映画は、自分と重なる部分がいっぱいあったんですよ……物語は西東京の郊外が舞台。撮影も監督が生まれ育った街の、実際に住んでいた団地を使っていて。監督が描こうとした光景って、完成した直後の頃は若い人たちがいっぱい集まって住みはじめて、そこで子供が生まれて育って……その子供たちが巣立っていった後、今残っているのはお年寄りばかりっていう状況で。僕の世代って同じような環境を過ごしてきた人たちも多いと思うし、何より僕は多摩地区出身の人間だから、映画にただよってる空気感はすごくよくわかるんですよ。だから、いろんなシーンに自分を重ねてしまう。
EMTG:永積さんの印象に残ってるシーンは?
永積:阿部寛さん演じる主人公・良多は、夢ばっかり追っかけてるダメな男で。ある日実家に帰ると樹木希林さんが演じる母親が、ベランダにある植木を眺めながら『あんたが小さい時に拾ってきた種がこんなに育ったんだよ。あんたと似て、花も実も付かないんだけどね』とか言うわけ(笑)。オカンってそういうこと言うよなぁって。それも別に深刻に言ってるわけじゃなく、半分頭を撫でるような感覚なんだよね。別にメッセージはないけど、その一言でお互いに共鳴しあってるって感じる瞬間ってあるじゃないですか? それって日常の中では空気みたいなもので、映画として観なければ、思い出しもしない一瞬だと思うんですよね。そこを切り取ってみせる是枝監督がすごいなって。そうして日常の風景を描く物語だから、すごくダイナミクスがあるような映画じゃない。親子の会話とか、それが一瞬無口になる感じとか、音や気配で紡いでいってるんです。そういう世界観を引き継ぐエンディングでありたいなと思って「深呼吸」を作りました。
EMTG:永積さんも、日常の何気ない瞬間を切り取って歌を紡いできたシンガー・ソングライターですよね。
永積:自分の音楽を振り返ると、とくに「家族の風景」だったり今回の「深呼吸」もそうだけど、僕は歌の中で明確な答えを求めるっていうよりも、その歌を耳にすることで、聴き手が自分自身と対面するっていう関係性がいいなと思うんです。先ほど引用した映画のシーンのようにオカンの台詞に触れた瞬間に、『その一言に、俺はこういう感情を覚えた』とか『こういうことをオカンに言われた時、自分はこう思ってたんだな』っていう感じで、その後に続くメッセージのような一言を置いていくのは観ている自分たちなんだって思って。『海よりもまだ深く』はそういう時間がずっと続いてるんですよね。
EMTG:曲を作る上で意識した部分は?
永積:エンディングに流れる『深呼吸』の歌詞を書く時に、どこまで書き込むかというところに一番気を遣ったかな。歌詞の最後は〈あと一歩だけ前に〉というフレーズで終わるんだけど、その後に〈行こう〉とか〈進もう〉という言葉を言うのか言わないのか? それはかなり考えて。この感覚は映画を観てもらうとすごくよくわかると思うんだけど、その後にどういう思いが続くのかは映画を観た人や、この曲を聴いた人が何かを感じ取ったり、見出してくれたらいい。監督もそこまで物語を書き込まないようにしてたのを自分なりに感じたから、曲としてもその空白は残しておきたかったんです。
EMTG:カップリングに収録された「あるてぃすと」はアーティストという意味の題名ですよね。
永積:映画の中に出てくる音楽を膨らませて作っていった曲なんだけど、制作している時期に友人の大宮エリーと飲んで話す機会があったんですよ。そこで彼女が『今度シャッター街に絵を描きに行くんだよね』って話を訊いて。シャッター街なんて普通は何もないと思ってるところに、エリーは絵を描くことによって、ここに色があったんだって気づかせてくれる。アーティストっていうのは、何もないところにそれが『あるよ』っていう人なんだなって、話しながら思ったんだよね。
EMTG:その感覚は日常の何気ない光景を切り取って、そこにいろんな感情のゆらぎや物語が『あるよ』と示している、ハナレグミの音楽や、是枝監督の作品にも通じますね。
永積:なんかね「深呼吸」も「あるてぃすと」にしても、自分の中で思う生まれ育った〈多摩〉っていうものを最大限に使っているような気がするんだよね。やっぱり余白が多いんですよ、あの町って。RCサクセションのファーストやThe Changにしてもそうだけど、多摩の人の作る歌って何かを明確に言おうとしてるわけじゃなく、どこかメモ帳のような感覚もあって。それに音楽から聴こえてくる熱量もどこか独特で。それを紐解いて、そこにただよう気配を存分に詰め込んでいくとこういう言葉になっていった。多摩に限らず、各地の郊外って言われるところって意外と同じような気配を持ってるっていうか。たとえば田舎の風景のど真ん中に巨大なショッピングモールが突然現れたり、独特のブッ飛び方ってあるじゃないですか。それって何もないところに団地ができていった時期もそうだったはずで。どこか異様なんだけど、それを受け入れて暮らしている人々の感覚って、なんか日本ならではのブルースっていうか、ちょっとした闇のような気配も感じるんだよね。
EMTG:新しい時代のライフスタイルの象徴だった団地が独居老人ばかりになったり、昔にぎやかに栄えたアーケードがシャッター商店街になっていったりと、その後の朽ちていく光景も見てきているから、余計にそう感じるのかもしれないですね。
永積:そうそう。なんか実家に帰って久しぶりに近所を歩いてたりすると、昔同級生が住んでた家の壁が朽ちて柵がボロボロに崩れてたりして。そこで15分ぐらい佇んで眺めちゃったり……なんだろうこのざわざわする感じって思いながら、ずっと柵を見てるっていう異常な時間(笑)。なんかそういう光景に、すごくキュンとしてしまうんですよ。なんだろうな。時間に抱かれたいのかもね。今回の映画はそういうところまで気配として伝わってくる、すごく奥行きがある作品だなって思うんです。映画音楽の制作を通して自分の中のいろんなことに気づかされたし、めちゃくちゃ刺激をもらいましたね。

【取材・文:宮内 健】

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リリース情報

深呼吸【初回限定盤】

深呼吸【初回限定盤】

2016年05月25日

ビクター

1.深呼吸
2.あるてぃすと
3.深呼吸(遠慮すんなよミズノ買ってやるよ! ver.)
4.別れの予感
5.別れの予感(カラオケ)
6.大安 (『Tour What are you looking for』より)
7.光と影 (『Tour What are you looking for』より)
8.おあいこ (『Tour What are you looking for』より)

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