レビュー

サカナクション | 2016.10.19

風の中を踊れ、切なさを抱きしめながら

 当初8月10日リリースと発表され、その後制作進行上の理由で白紙に戻されリリース延期とアナウンスされていたサカナクション約1年ぶり12枚目のシングル。1年以上、この楽曲のアレンジや歌詞を考え続け、やっと完成させたという表題曲は、タイトル未発表のまま資生堂の化粧品ブランド、『アネッサ』のCMソングとして使用されていた。夏のCMタイアップ曲であれば8月リリースというのはビジネス的には当たり前のことだろう。それを「アレンジ、歌詞含めて、本当に完璧だと思えるものを」という理由で延期し、すっかり秋の様相となった10月19日にいよいよ発表するというのだから、彼らのこだわりは一筋縄ではいかないことがわかる。その結果、近作の中で最もポップに振りきれた、軽やかに、だが強い吸引力をもった曲に仕上がっている。もっといえばサカナクションにとっての野心作といってもいいだろう。

 ダンスミュージックと80年代のポップ・ミュージックを融合させたなファンタジックなナンバー「多分、風。」。緻密に練られたサウンドは夏の蜃気楼に吹きすさぶ風を描きだす。山口独特のメロディ感覚が生かされた普遍的な旋律はもちろんのこと、少ないながらも表情豊かに情景を伝える言葉、誰もが感じたことのある感傷、詩情を抽出し、行間と間奏にも心象風景を滲ませていく手法が素晴らしい。一過性のヒット曲を量産するJ-POPシーンにおもねることなく、新たなポピュラリティを手に入れ、新しい領域へと踏み込んでいくさまは壮観のひとこと。エンターテインメントの希求、ポップと音楽性志向のバランスも十分で、確実に外へ向かっているサカナクションの現在地がここにあることを窺わせる。どこか敷居が高く感じられた彼らの存在とその音楽が、一気に近い存在へとなりえたことは確かだ。

 また本作では、懐古ではなく新解釈として成立させた山口のポップクリエイターとしての手腕が遺憾なく発揮されているだけでなく、メロディメイカーとしての冴えも際立っている。求められるものに対して音楽を創造することはポップ・ミュージックとしては当たり前の行為。その上でサカナクションの音楽としてバージョンアップし、完成したこの曲はシーンへのカウンターとなることだろう。難しい理屈はひとまず置いて、心地よい裏切りに満ちた世界観に身を委ねるのも悪くない。

 「多分、風。」。タイトルも素晴らしい。

【文:篠原 美江】

リリース情報

多分、風。

多分、風。

発売日: 2016年10月19日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ビクターエンタテインメント

収録曲

1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)

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