ドレスコーズ、ジャンルではなく広義の意味合いでのジャズを表現した最新作『ジャズ』インタビュー

ドレスコーズ | 2019.04.30

 時としてシンガーソングライター的な手法より、舞台装置を設定し、台本を書くように全体を俯瞰する手法が、時代やひいては作家の最も今、表現したいことが露出する場合がある。ドレスコーズ=志磨遼平は、ロック以外の方法論を「平凡」で獲得し、その後、舞台『三文オペラ』の音楽を手がけたことで、現代の音楽としてより芯を食った手法を獲得した。その手応えとスキルを携えて今回取り組んだのはジャンルではなく広義の意味合いでのジャズだ。ロマ音楽を基調としつつ、アルバムにはトラップを思わせる曲も、あるいはニューミュージックを思わせる曲もある。志磨が本作『ジャズ』に至ったプロセスから話を始めよう。

EMTG:『三文オペラ』から地続きの作品ではないのかなと思いながら聴きました。
志磨遼平:はい。おっしゃる通りと思います。
EMTG:オリジナルアルバム「平凡」の時はロックではないものを作ろうとされていて、その後『三文オペラ』で舞台の音楽に関わられて、その二つが納得できる形で接合しているなと。
志磨遼平:うんうん、そうですね。当然の帰結という感じが。
EMTG:『三文オペラ』の頃のインタビューで「これから何でもできそうだ」とおっしゃっているのを読んで、その中でも当然の帰結の方を選んだのは何故なんでしょうね?
志磨遼平:うーん……(長考する)今、考えてみたんですが、多分「平凡」で僕が克服したかったものは「シンガーソングライターのジレンマ」みたいなものでしょうね。自ら作詞作曲を手がけるシンガーは、往々にして自分の内面であるとか、自分の体験に基づくもの、時にはトラウマのようなものでも赤裸々に歌にせねばならない。リアリズムみたいなものですね、それをずっとやってきた、それは僕だけじゃなく古今東西のシンガーソングライターの人が。で、多分、それに今、興味がないんでしょうね。そういうものから離れようとしたのが「平凡」で。舞台音楽の何がよかったかと言うと、やっぱりあれが群像劇で、自分の代わりに様々な役者さんが自分の書いた言葉を代弁してくれる、しかもそれが一人ではなくアンサンブル、大勢の言葉であるというのが、多分、自分の中では今、しっくりくる人称?  というか……多角的な視点で世界を捉えないといけない、と思ってるんでしょうね、どうやら。なので、このアルバムも僕の現在地ではなくて、三人称の最大値の「人類」の現在地、みたいなものを歌いたかったです。
EMTG:人称が「人類」であることと関係すると思うんですが、表現者は「世界の終わり」というはテーマとして一度は考えると思うんです。しかも世界の終わりを考えるのは今の時代にあってはすごくナチュラルなことというか。
志磨遼平:うん。そうそう、ナチュラルだと思います。社会的なものの見方っていうのは今すごくナチュラルだと思いますね。
EMTG:かつドレスコーズ史上、音楽的にもロマ音楽の曲もあり、すごくポップスだなと思ったんです。
志磨遼平:あ、ありがとうございます。うん。そういう風に聴こえるように作りましたね。
EMTG:テーマに沿う音楽という意味合いで、何が一番最初でしたか?
志磨遼平:このアルバムのとっかかりみたいな話ですか? えーと、曲でいうとその「Von Voyage」って曲だけが先行してあったんですね。それは俗にいうタイアップというか主題歌で、今、ちょうどドラマで使ってもらっているという、それが去年のうちにあって。でも、その曲がこのアルバムを象徴する曲ってわけではない気がしたので、その時点でまだアルバムの曲は1曲もなかったんですけど。で、1曲目の「でっどえんど」って曲が、多分最初にあったような、そこから作り始めた気がしますね。
EMTG:いわば楽器的にもロマ音楽の編成ですね。
志磨遼平:そうですね。他には、真ん中あたりに入ってる「銃・病原菌・鉄」っていうタイトルのインストゥルメンタル、あれなんかは『三文オペラ』でやったクルト・ワイルの作風を真似した習作ですけど、そういうのをいろいろ試しに作ってたんですね。自分の中にはない、いわゆるポップスではないものに初挑戦するわけですから、ロマ独特の調性であるとか、クルト・ワイルの手癖みたいなものをちょっとコピーしたりしていろいろ作ってたうちの2曲。それが1曲目と6曲目かな。で、なんとなくいけそうだなという手応えがあって、そこからどんどん曲を量産していって、という感じですね。
EMTG:楽曲で受けたイメージは今、移民が世界中で増え続けていて、すごく漠然とした言い方ですけど「移民感」があるということで。
志磨遼平:そうですね。ま、自分もまた「よそ者」であるというか……そういう、国籍とかではない、なんかこう、どこにも居つけない……何がしかの民族のうちの一部であるというような意識でこのアルバムを作りたくて。なんかこう、例えば端末、スマートフォンみたいなものであったり、インターネットだったり、なんでもいいんですけど、そういったもので結びついて、同じ国家に暮らしてはいるが、みんながそれぞれのベッドルームだったり、壁で仕切られてる民族というような、そういうちょっと不思議な漂流民族っていうようなイメージ(笑)。その民族に伝わる音楽みたいな、どこにもない架空の民族音楽みたいな、そういうものを作りたかったんですね。
EMTG:その感覚が歌詞で明確なのは「もろびとほろびて」なのかなと。この国に暮らしてると半ば諦めてるし、でも好きな人も住んでいるしという。
志磨遼平:そう、好きな文化もあるし。でもずいぶん雲行きが怪しくなってきて。そうですそうです。
EMTG:しかも面白い曲調でちょっとトラップの感じもあり。この曲は何が発端でしたか?
志磨遼平:なんとなくさっき言ったみたいな現代の民族音楽であるからには、なんとなく現代性みたいなものが……これが例えばただただノスタルジックだけのアルバムにならないためにも、すごく現代的なものを中に入れたいなと。それで1曲、トラップというか、ま、ラップをしようというのがなんとなくアイデアであって。で、簡単なトラックに自分で入れたラップとヴァース(コーラス)を中村佳穂さんとかやられてる荒木正比呂さんという方に投げて、で、トラックを作ってもらって、という作り方で。
EMTG:ぞっとするぐらい、今の時間の流れ方と一緒というか、オリンピックがもうすぐあるし、怖いですね、心情として。
志磨遼平:うんうん。なんか今の実感それをただスケッチしたという感じですかね。例えば遠藤賢司さんの「カレーライス」とか、井上陽水さんの「傘がない」とか、ああいうものの雰囲気に近いような気が、今更ながらしましたね。「誰かがお腹を切っちゃってとっても痛いだろうにね」とか「若者の自殺が増えているけど僕の問題は今日傘がないこと」とか。フォークっぽいですね、これは。
EMTG:今回のエンジニアの奥田泰次さんは昨今の名作を手がけてらっしゃいますが、志磨さんは何がきっかけだったんですか?
志磨遼平:奥田さんですか? やっぱりceroとかの音像は素晴らしいですし、さっき言ったように現代的なテクスチャーみたいのを与えてくれる人と今回お仕事したいなあ、ということで、奥田さんにコンタクトをとって。そしたら「ぜひやってみたい」ってお返事をくださって、ですね。
EMTG:細かいんですけど、ceroの中でも志磨さんはどの作品で出会いましたか?
志磨遼平:「Obuscure Ride」かな。なんかこう当時、「ceroがすごいぞ」っていうような評判を聞いて、で、まあなんかこう自分から積極的に聴いて、かっこよくても悔しいし……(笑)なのであんまりちゃんと最初、聴こうとしてなかったんですけど、たまたまストアプレイみたいなので流れてて。「うわ、これかっこいい?」と思って。「誰ですか?」って訊いたら「ceroです」「ceroか?!」って(笑)。
EMTG:そういう納得の仕方だったんですね。
志磨遼平:うんうん。噂は本当か、と。だいたい、レコード屋さんでかかってる音楽ってよく聴こえますよね(笑)。大きい音で流れているので。
EMTG:確かに。そしてスカパラの加藤さんと茂木さんという、二人が演奏してるとキャラが出ていて。
志磨遼平:ね。そうなんですよね。すぐにわかるっていう。
EMTG:あれだけフレージングにキャラが出るお二人に参加してもらった理由は何ですか?
志磨遼平:今回やろうとしたジプシーというかバルカン音楽みたいなのをやってみようと思って。あれって特徴としてはものすごくBPMが速くて。ま、裏打ちのプッカプッカっていうのは、つまりスタイルとしては2トーンのスカとかに近くて。で、これをバンド編成にトランスレーションするときに、ボトムはスカで、でも上に乗るブラスはいわゆるスカ風のフレーズではなくて、クレズマーとかジプシー・バルカンみたいな速いフレーズなら、自分がさっき言ってたような謎の民族音楽みたいなものが出来上がるかもと思ってですね。加藤さんと茂木さんとは、いつか一緒に何かできたらなってお話をよくしてたんで、今回、満を持してお二人にお声がけをして。で、ブラスは梅津さんに。梅津さんはもともとフリージャズの方ですが、クレズマー(東欧ユダヤ、アシュケナジムの民謡をルーツに持つ音楽ジャンル。梅津は「こまっちゃクレズマ」というバンド活動を行っている)の第一人者でもあるので。
EMTG:加藤さんのギターのせいなのかもしれないですけど、バルカンブラス的なものも感じつつレベルミュージックだと感じました。
志磨遼平:そうですね。僕はずっとレベルミュージックをやってるつもりなので、嬉しいです。
EMTG:歌詞の世界を音の中で感じていると、先ほどの「もろびとほろびて」は現代的なテーマですが、登場人物の心情は切ないですね。
志磨遼平:(笑)。そうですね。なんとなく終わりが見えている世界に暮らしてる、ま、我々みたいな、なんかそういう感じの群像劇、そういうイメージですね。
EMTG:それはたとえば『三文オペラ』のオリジナルの時代の人間のふてぶてしい強さに比べると。
志磨遼平:繊細になりました、人は(笑)。まぁね、国が違うっていうのもあるかもですが。その、自分たちのナーバスなところ、またそれも観察して、スケッチしたというアルバムですね。
EMTG:ほんとに今のことを見事に描いてる感じがします。歌詞の中にもありますが、もし世界が終わるとしたら、核兵器じゃなくて人の詮索とか不寛容さが原因になりそうだなと思いますし。
志磨遼平:そうそう。自分たちが作り上げ「神様」みたい概念とか、そういう信仰心みたいなものに、一度は「神は死んだ」ってことで我々人類はケリをつけたはずだったのが、結局、神様になろうとして滅びるとしたら、すごく寓話的というか、ノアの箱舟やバベルの塔じゃないですけど、「そんなことあるかよ」と思ってたことが結果的にはほんとにそういうことになるっていうのが、すごくなんだかこう、面白い……「面白い」って!(笑)なぜ他人事なのかって感じなんですけど。まあ俯瞰で見てるんですね。人間のそういう顛末というか、盛衰っていうんですかね。
EMTG:今みたいに人が右だ左だ、正義だ悪だって、決めつけがちな状況にあると、他人事のように考えた方がいいんじゃないかと思いますね。
志磨遼平:うん、そうですね。だから俯瞰的に、多角的に、三人称で書くようになったんだと思いますよ。もうね、今の時代、一人称はよくないですよ(笑)。
EMTG:そして、「チルってる」は最高ですね。スカだけど四つ打ちを感じさせるところとか。
志磨遼平:そうですね。2トーン以降のちょっとニューウェーブっぽいイメージで。
EMTG:20代ぐらいの人は「チルい」って使いますけど、そういう表現を志磨さんが解釈したらこういうことだったんですか?それともチルってんなぁという景色があったんですか(笑)。
志磨遼平:いや、いつもこう、なんか面白いタイトルをつけたいなと日々考えているんですけど。
EMTG:そういうことですか(笑)。
志磨遼平:(笑)。ま、テーマがね、アルバムのテーマが言っているような、そういう人間の盛衰というか。すごく進歩を続けてきた人類が、今こう下り坂を迎えて、ややこう、翳りを見せてきてる、というのに対し、いや、別に盛り下がってる訳ではないから、「や、今ちょっとチルってるだけなんで」って言い訳のような(笑)。もちろん盛り上がってはないし、でも別にいい感じなんで、気にしないでくださいっていう(笑)。
EMTG:誰に向かって言ってるかはわからないですけど。
志磨遼平:そう。
EMTG:神様かもしれないですけど。
志磨遼平:そうそう。別に盛り下がってはないって言い張りたいというようなニュアンスですかね。「いや、チルってるんで」っていう(笑)。
EMTG:洗練されて行ってるのかもしれないですし。
志磨遼平:うん、そうそうそう。それと反比例してナーバスになって行ってるけれど、生き物としてはすごく、うん。ね? 不思議なこう、すごくこう進化を遂げているというか。洗練はされて行ってますね。
EMTG:そしてラストの「人間とジャズ」は一つの言葉に対する理由が芋づる式に登場する歌詞で、美しいですね。
志磨遼平:ありがとうございます。
EMTG:映画の『エンド・オヴ・ザ・ワールド・パーティー』にリンクしたイメ-ジで、ラジオの周波数が途切れていく音とか。
志磨遼平:そうそうそう。
EMTG:でもその電波ってどこからきてるのか? って話ですよね。
志磨遼平:そうなんですよね。誰がどこから発してるんだ?  っていう(笑)。
EMTG:発信してるのか(笑)。この曲でアルバムを終わらせることに意図はありましたか?
志磨遼平:えーと、そうですね……なんとなくこのアルバムで書きたかったことみたいのが色々あって、そのうちの一つに祈りみたいな、純粋な信仰心みたいなものを書きたいなと思って。で、多分、その一番身近なものが「飾る」みたいな行為なんじゃないかな?  と。なんか今回作ってる時に、ロマの人たちが題材の映画もいろいろ見てて、それで『ラッチョ・ドローム』っていう、トニー・ガトリフって監督さんの映画を見て。
EMTG:どこの国の人ですか?
志磨遼平:その人自身もともとジプシーの人ですね。で、現地のジプシーの人たちをすごく詩的な感じで綺麗に映してて。女の人がみんなこう、メイクして、いっぱい耳飾りとか首飾りつけて、綺麗な衣装を着て、踊るんですね。それがビジネスではあるにしても、なんかそれ自体が……そう「着飾る」ということがこう……すごく尊い営みに思うというか。それは普通に日本の僕らでも、ま、男の人はしないとしても、女の人がお化粧するとか、そういうのはすごく尊いなあという感じがして。それと祈りはちょっと似てるというか。うん。すごい身近な祈り、っていう感じがして。
EMTG:この曲で閉じていくのは若干不吉な感じもしますが(笑)。
志磨遼平:ああ、でも希望的な歌詞ではあるという。
EMTG:そういった意味合いで重みもありながら楽しいアルバムだなと思います。
志磨遼平:ああ、嬉しい。なんか悲観的ではないんですよ。ただ受け入れるっていうイメージですね。
EMTG:ああ、人類の現状だから?
志磨遼平:うん、そうそうそう。現状を、で、それが決して明るいものではないとしても、自分たちは甘んじてそれを受け入れて、その中で慎ましやかに暮らしてるっていうのが現状で。それをスケッチするというのが今回の自分の役目だったかなと思いますね。

【取材・文:石角友香】

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リリース情報

ジャズ

ジャズ

2019年05月01日

キングレコード

01.でっどえんど
02.ニューエラ
03.エリ・エリ・レマ・サバクタニ
04.チルってる
05.カーゴカルト
06.プロメテウスのばか
07.銃・病原菌・鉄
08.わらの犬
09.もろびとほろびて
10.Bon Voyage(ドラマ「やじ×きた」主題歌)
11.クレイドル・ソング
12.人間とジャズ

お知らせ

■コメント動画




■ライブ情報

the dresscodes TOUR 2019
6/6(木) [東京]東京キネマ倶楽部
6/9(日) [北海道]札幌cube garden
6/15(土) [宮城]宮城SENDAI CLUB JUNK BOX
6/16(日) [新潟]新潟GOLDEN PIGS BLACK
6/22(土) [福岡]福岡BEAT STATION
6/23(日) [岡山]岡山YEBISU YA PRO
6/29(土) [大阪]大阪BIG CAT
6/30(日) [愛知]名古屋CLUB QUATTRO
7/6(土) [神奈川]横浜BAY HALL

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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