シンガー・ソングライター、ヒグチアイ 3枚目のフルアルバム『一声讃歌』

ヒグチアイ | 2019.09.26

 シンガー・ソングライター、ヒグチアイが9月25日にリリースした最新アルバム『一声讃歌』が素晴らしい。そもそも論だが、音楽評論家や音楽ライターは、簡単に“素晴らしい”という表現をすることを憚れがちだ。しかし、作品が本当に素晴らしいのだから“素晴らしい!”と言い切りたい。『一声讃歌』、本人曰く“一声は、始まりの合図。一声は、一度限りの声”を意味するという。歌声が持つ魅力。歌声が持つ説得力。そして、歌声によって自分や他人を変えることのできる力を感じた1枚だ。

 アルバム冒頭、イントロダクションで弾けるピアノのリフレインが輝く、自らの人生を振り返るワンシーンを描いた「前線」。大名曲「どうかそのまま」における想いの強さがあらわれた感情を解放するバラードの存在感の強さ。ヒグチアイの新たなアンセムとなるであろう心に突き刺さる「ラブソング」など、他にも聴き処満載の全11曲。2019年を代表するアルバム作品だと断言しよう。

EMTG:これまでより、さらに開かれたセンスを感じた1枚だと思いました。
ヒグチ:ほんとはもっと内に篭ったアルバムになる予定だったんです。2020年は東京オリンピックなので、みんなが未来に向かって“一致団結して頑張ろう!”みたいになってるのが性格に合わなくて(苦笑)。じゃあ、後ろに振り返ろうってことで、自分の過去を振り返ることからはじめました。まず1曲目の「前線」は、ファミレスで朝まで紙に自分の幼少期の頃から自分に何があったのか、なぜこんな気持ちを持ったのかなど29年間を振り返りながら書きはじめました。そうすることで、曲が生まれるかもしれないって思ったんです。だから、もっともっと内側に入っていくアルバムのつもりでした。でも今回、松岡モトキさんという音楽プロデューサーが入ってくれて、アレンジ面で内に籠り過ぎないようにしてくれたのがよかったのかもしれません。

ヒグチアイ (Ai Higuchi) / 前線 (Zensen)
EMTG:アレンジのやりとりも一緒に?
ヒグチ:“こんな感じにしたい!”とか、「前線」の間奏だと“象のイメージにしたい!”など伝えると“この感じ?”って“いや、その感じはアフリカ象なんでインド象なんですよね”みたいなやりとりをしてました(笑)。「街頭演説」では、いろんな音が入っているんですけど、“本当に街頭演説を入れてみたい!”とか、“モールス信号の音を入れたい!”とか、いろんなやりとりがありました。全体のバランスは見てもらえるから、じゃあ好き勝手言っていこう、みたいな。
EMTG:これまでのアルバムと比べるとどんな違いを感じましたか?
ヒグチ:今回のアルバムでは、全曲ほとんど同じミュージシャンでレコーディングしているんです。だから、その場でわかってもらえたり、音を重ねていくごとにわかってもらえたり。“そうじゃないんだよなぁ”ってことがあまりなかったレコーディングとなりました。
EMTG:アルバムのキーワードで、タイトル『一声讃歌』という言葉が素晴らしくて。いかにして生まれたのですか?
ヒグチ:これまでもアルバムは漢字四文字だったんです。でも、もともとある言葉じゃない方がいいなって。これの一個前の案は『雨天決行』というのを考えていました。なんか“それでもやる!”みたいな。前向きなんだけど、そこの前には後ろ向きな要素もあるというか。そんな言葉であってほしいなって。漢字の二文字は矛盾があった方が伝わりやすいかなとか。そこで、ひとつの声がたくさん集まって讃歌になる、たくさんの声になる。一声というのは、ひと声という意味もあるので、ギリギリの感じ。“あとひと声頑張りたい”という覚悟も入っている前向きなんだけど、後ろ向きさもあるタイトルとなりました。
EMTG:なるほどね。1曲目「前線」という曲のイントロが、まるでグーグルアースのアプリで宇宙から地球を俯瞰して、深夜のファミレスのワンシーンに一気にフォーカス、ズームインして行くかのような絵が浮かびました。
ヒグチ:いいですねぇ。
EMTG:しかも、そこからヒリヒリとしたリアリティーある言葉たちが畳み掛けてくるという。
ヒグチ:まさにですね。これ、今年のフジロックでも歌ったんですけど、屋外の自然という雰囲気が似合わないと思いました(笑)。みんな“深夜3時ファミレスのドリンクバー”を想像できない環境だなって(笑)。街中のライブハウスが似合う曲ですね。
EMTG:ははは。アレンジされたことで広がりも生まれた曲だと思いました。
ヒグチ:せ~ので録りましたね。イントロのアレンジは、ひとりでは浮かばなかっただろうなって。このピアノの感じって、コードをばらけているだけなんですけど、そんなことを言ってくれたのがプロデューサーだったんです。プロデューサーっていいこと言ってくれるなって(笑)。わたし、性格が頑固なところがあるので、人にアドバイスされると反発したくなっちゃうんですけど、はじめてプロデューサーがいて自分が知らないことを見つけてくれるんだなって思いました。
EMTG:一番開いてくれたのはどんなところだと思いますか?
ヒグチ:歌詞の部分はまったく変わっていないんですよ。だから、音の重ね方ですね。メロディーも。鼻歌で歌っているときに、“違う方がいいんじゃない?”って言うんですよ。具体的にこっちの方がと言うのではなく。柔らかさのある方でしたね。
EMTG:「ラブソング」がまた素晴らしい曲で。ヒグチアイさんの決意表明のようにも聴こえました。自分のことを歌いながらも第三者に対しても伝わる気持ちが開かれているなって。
ヒグチ:「ラブソング」のラブは、人間愛のラブですね。ずっと歌ってもらえる曲を作りたかったんです。歌っている人たちがカバーしてくれる曲というか。そんな曲になったらいいなって。歌を歌う人の歌を作ろうって思いました。“救われたことない”ところからこの曲は始まっているんですけど、でも見方の違いというか。この曲を聴いて思い出している、自分が自分をちゃんと救えているっていうことなんだなってことに気がついて。きっかけは歌だったんだなって。こんな曲が書けるようになるとは10年前は思わなかったですね。
EMTG:この曲が生まれた理由は?
ヒグチ:ファミレスで考え続けた自分の過去からです。わたしは、音楽をいっぱい聴いてきた人ではないんです。音楽はずっとそばにありましたけど、家で音楽が、ポップスが流れているみたいなことはずっとなかったんですよ。大人になってから周りのミュージシャンが“この音楽が好き”とか“この曲に救われた”とか話していて。自分にはそんなものがないんだなって、それってわたしの弱いところだなって思ったんですよ。じゃあ、自分が歌っている理由ってなんなんだろう?そこにはちゃんと意味があるはずだなって。歌っていうのは、人の記憶を呼び起こすものだから。そんな意味で自分が歌を歌い続けているのは間違っていないことなんだなって気がつけて。それで曲にしました。
EMTG:「ラブソング」の歌詞で“誰かを救う うたをかきたい なんて言うくせに 救われてばっかなんだな”と言う境地にたどり着くところが素敵で。
ヒグチ:ほんとにそうだなって思いました。

ヒグチアイ (Ai Higuchi) / ラブソング (love song)
EMTG:アルバムの制作前に、自分の29年を振り返る時間というのは有意義だった?
ヒグチ:いや、しんどかったですよ。なんか、気持ちを押し殺していたり、今考える時間がないからとか。なんとなく偽ってきた自分の気持ちがあって。でも最近、やっとフラットな自分になれている時間が増えたなって思っていて。それは、今後も曲を作っていく仕事をやっていくにあたり、あまり良くないことなのかもしれないんですけど、この状態になったからこそ書けた曲もあって。いや、振り返るのは苦しいことですね。嫌な自分が過去にいっぱいいるんですよ。
EMTG:自分のことで振り返ると、そうかもね。嫌な記憶って上書きしがちだけど、どこかしら断片が残っているもので。
ヒグチ:いま調子いいから、フラットな気持ちでいられるから振り返ることができたのかな。ダメな時にやるもんじゃないですね(笑)。
EMTG:そんな流れで生まれてきた真理、「どうかそのまま」という楽曲が素晴らしすぎて。
ヒグチ:いい曲ですよね。いや、いい曲なんですよ。

ヒグチアイ (Ai Higuchi) / どうかそのまま (Douka Sonomama)
EMTG:今ってヒットの指標なき時代だから定義が難しいんですけど、この曲は伝わる曲、残る曲、歌い継がれていく曲だと思います。歌の世界観を見事に表現するアレンジも素晴らしいです。
ヒグチ:曲としてはさらっと出てきたんですよ。普段と変わらない感じで。そうしたら“この曲いいね”ってみんなが言ってくれて。わたしの中では他の曲と変わらない気持ちなんです。でも、メロディーが綺麗だなとは思っていました。歌詞から考える曲だと、こういうサビにはならないんですよね。メロディーと歌詞が一緒に出てきたので。歌詞での洗濯物のところもそうですけど、自分はいろんなことを後回しにしがちなんですね。ツアーに出た時とか。それで帰ってきて部屋が汚くて。あああ、きついな、みたいな。自分を追い込んじゃう感じとか。なんだろうな、そんな時に誰からも責められているはずないのに責められていると感じてしまうとか。あの感覚って、けっこうみんなあるんだなって。なんか“いい人すぎてつらい”とか、“優しすぎてつらい”みたいな。そんな部分を持っている女の人って多いんじゃないかなって。誰も悪くない世界ってあるなって。そんな曲なんです。
EMTG:なんか、勝手にですけどヒグチさんの成長を感じるなぁ。プロデューサーの松岡モトキさんとはアルバムを完成してから、改て話したりしました?
ヒグチ:そう言われるとちゃんとは話せてないですね。実は、松岡モトキさんとは10年前にも会っていて。その時にもレコーディングしてるんです。でも、形になっていなくて。
EMTG:そんなご縁があったんですね。今回のアルバムがある種特別な作品になったきっかけは10年前からあったのかもしれませんね。
ヒグチ:その頃の自分がほんとクソガキで。けっこう失礼なことしちゃっていて。それで気にかけてくれての今回だったんです。だから、すごい内面や特性を知ってくれていて、曲やアレンジとしてうまく表現してくださったんだと思うんです。ありがたいことですね。

【取材・文:ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)】

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リリース情報

一 声 讃 歌

一 声 讃 歌

2019年09月25日

テイチクエンタテインメント

01.前線
02.どうかそのまま
03.街頭演説
04.風と影
05.バスタオル
06.走馬灯
07.ほしのなまえ
08.一週間のうた
09.いちご
10.聞いてる
11.ラブソング

お知らせ

■ライブ情報

HIGUCHIAI band one-man live 2019
11/16(土) 東京 Veats shibuya
11/24(日) 大阪 梅田 Banana Hall



中津川 THE SOLAR BUDOKAN 2019
09/29(日) 岐阜県 中津川公園内特設ステージ

rem time rem time presents
「rem fes 2019」

10/6(日) 八王子Match Vox/八王子RIPS/楽廊

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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