ドレスコーズがニューシングル『トートロジー』発売を記念して行った、渋谷タワレコ地下でのインストアライヴ。そこで目撃したのは、荒野に立つバンドマンの荒れ狂うプレイだった。背後ではまさに“ROCK’N’ROLＬ”が燃え落ちようとしていた。無音のモニターにエンドレスで流れる新作「トートロジー」のビデオクリップ。遠くを見据えた孤独な瞳に、思わず息を呑んだ。ひとりぼっちの4人組、ドレスコーズが間もなくここに現れる。

　Velvet Underground & Nico「All Tomorrow’s Parties」が流れる中、丸山康太（G）、山中治雄（B）、菅大智（Dr）、そしてボーカル・志磨遼平がステージに登場。SEの余韻を打ち破るかのようなイントロ、「Trash」は幕開けの曲だ。背の高い4人にはステージがいっそう狭く見えるも、そんなことはお構いなしに、しなやかな肢体を躍らせる志磨。マイクのコードを持ち手の近くで丸めるスタイル。右に左にと小さなキッスを投げる、2013年夏、渋谷に舞い降りたロックンローラー。

　『今日は短い時間だけど、楽しんで帰って』。そんなMCの後ろでは、すかさず菅がドコドコと、間髪入れずに次のナンバーへと引っ張り込んだ。「ベルエポック・マン」が転がれば、志磨の衣装はもうＴシャツの様相を成していない。左手が示す無言の『カモン』に導かれるまま、オーディエンスは共に人差し指を天に向けた。

　『僕たちの新しいレコードは聴いてくれましたでしょうか。お気に召しましたでしょうか』『そのシングルの曲を今からやるわ』。菅が繰り出すリズムにギターが加わり、ベースが加わり、そしてギターを抱えた志磨が加わる。哀しみの曲「Zombie」。憂いが滲むクールな空間に引っ掻き傷をつけていく、丸山のノイジーなソロ。誰にも似ていないロックンロールバンド、ドレスコーズの振幅の大きさは、続く「Automatic Punk」でいよいよ全開に。菅の長い髪が激しく揺れ、スティックを握る腕が大きく乱舞した。夢遊病者のようにステージを徘徊したかと思えば、いきおいシンバルを叩きつける志磨、クレイジーに切り込む丸山、山中のベースもまた自制心をかろうじてキープしている。幻覚をみるような視界の中で繰り広げられる狂気の沙汰。

　正常な心拍数よりやや早いテンポにも関わらず、あがった息を少しずつ落ち着かせるドラム。志磨の呼びかけからのコール＆レスポンス。『僕らに手拍子をちょうだい』。お互いの存在を確認しての「.(This Is Not A)Sad Song」は、紛れもない“僕らのうた”になった。『やっちまえ、丸山』。ステージ前方でソロを弾く彼は、伏せ目がちだった顔を上げ、しっかりと客席へ視線を向けた。空へ向け、弱いパンチを繰り出していた志磨。一瞬、ここではない遠くを見つめる。その表情が開演前にビデオで見たそれとまったく同じものだったことに半ば愕然とする。

　何かを吹っきるように、そして意を決したように志磨が言う。『みんなのところで歌うよ！』。それが何を意味するか理解するのに少し時間がかかった。『拳をグッて。うん、そう。そうやって支えて』。唐突にそう言ったかと思うと、観客の作る拳の上に立ちあがった志磨。『昨日までは僕たちだけの曲だったけど、今日からはみんなの歌だから。あとは好きに使って。困った時は好きに使って。困った時は僕らを呼べよ！』。オーディエンスに支えられ、天井を掴んでバランスをとりながら歌う「トートロジー」。それはこの会場の後方にいる人々のみならず、まだ見ぬ遠くの人々にその姿と音楽を示すかのように、高い位置から放たれた。オーディエンスの拳の上で、十字架を背負ったキリストのごとく自らの身を晒した志磨、鬼気迫る咆哮。『そう、これがロックンロール！これが僕らのトートロジー！』。その高らかな宣言がフロアを突き破り、どこまでも飛んでいくことを願わずにはいられない。

　ステージに戻った志磨を、ラストの曲「Lolita」のイントロが迎える。今日ここで互いを確かめ合ったオーディエンスに大きく手のひらを掲げ、切られた十字にはどんな祈りが込められていたのか。『行け！マル！』。志磨にそう促されながら前に出たものの、スピーカーに寄りかかりながらソロを弾くという己のスタイルを貫き、近づいた志磨の肩に倒れかかるように頭を預けた丸山。『All Right！』。志磨が放った一言が、この日のライヴと、今のバンドのすべてを物語っていたように思う。

　誰もいないステージに向けられた拍手を耳に、地下のライブハウスから地上に出る。そこは東京の夏、まっ盛りの蒸し暑い午後。夢のような、そして『幻なんかじゃない』ひとときを胸に、懲りずにまたやってくる明日へと頭から突っ込んでいく。

【取材・文：篠原 美江】