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ひとつひとつの歌がライブで力強く立ち上がってきた、秦 基博のツアー序盤をレポ

秦 基博 | 2013.04.05

 秦 基博のライブ・サウンドが、劇的に変わった。その最大の要因は、今回の“Signed POP”ツアーからドラマーに河村“カースケ”智康が起用されたことだろう。河村はタイトでパワフルなドラミングに定評があり、桑田佳祐のソロや初期の椎名林檎、Bank Bandなどに参加。今回の秦のアルバム『Signed POP』中の「初恋」でもそのプレイを聴くことができる。
 ボーカルにとってどの楽器も大切なものではあるが、特にドラムはライブにおいて歌に力を与える。まるで背中を押すかのように歌を広い会場に解き放ち、遠い席のリスナーにまで届ける。河村のドラムはそうした力をツアー序盤から発揮して、10本目となるNHKホールでは以前とはひと味違う秦のライブを堪能させてくれた。

 これまでの秦の楽曲は1曲の中に紆余曲折があり、それが彼の音楽のリアリティを裏付けていた。が、新作『Signed POP』ではソングライティングがシンプルになり、喜びや悲しみが1曲を真っ直ぐに貫くようになった。そうしたストレートな楽曲群に河村のドラムがぴったりマッチして、ひとつひとつの歌がライブで力強く立ち上がってくるようになった。
 だからといって、秦の持ち味である繊細さが消えたわけではない。河村のビートを軸にして、今まで以上にバンド・サウンドが秦の言葉を後押しし、その背後に繊細な表現が存在するという構図になったのだ。

 たとえば秦がアコギを掻き鳴らす「Girl」はグルーブがよりおおらかになり、秦がエレキギターを弾く「FaFaFa」はこれまでになかったロックンロールの明るさが加わった。わかりやすく言えば、このツアーで“秦ならではのロック”が確立する可能性が高い。好き嫌いは分かれるかもしれないが、僕は秦の変貌を歓迎する。彼の才能のスケールの大きさは誰もが認めるところだが、その中でリズムの要素が重要度を増している。リリックがリアルになればなるほど、リズムの精度とエネルギー感が求められるからだ。それは2ndアルバム『ALRIGHT』の「キミ、メグル、ボク」や、初期の名曲「鱗(うろこ)」などのライブ表現の進化となって現われていた。

 そんなライブで「水無月」のイントロが始まったとき、僕の脳裏に浮かんだ景色があった。それは2年前の2011年5月4日(みどりの日)、宮崎で行なわれた野外ライブ”GREEN MIND 2011”で初めてこの歌を聴いたときの青空だった。東日本大震災で日本中が暗然としていた時期、秦の地元である宮崎は口蹄疫(こうていえき)や火山噴火で苦しんでいた。無論、それぞれの地域の深刻さを比べることはできない。宮崎でのライブは震災前に決まっていたものではあったが、秦が選んだのは宮崎での野外アコースティック・ライブだった。そのイベントでシンガロングするために書かれたような「水無月」は、秦の日本人離れした知性と明るさで故郷の大空を青く染めていた。その光景がNHKホールでまざまざと蘇ったのは、偶然ではないだろう。この「水無月」こそ、『Signed POP』の制作の始まりであり、♪単純な言葉で愛を今歌おう あるがままの心の声を探して♪というリリックは『Signed POP』のコンセプトを表わしている。それは秦が困難を抱えた故郷に贈った気持ちから生まれていたとも言えるのではないだろうか。彼がこの楽曲に託した思いが、新しいライブ・サウンドによって、大きく羽ばたいた瞬間だった。

「『Signed POP』を作るとき、自分の中の新しい秦を生み出せたらいいなと思っていました。普遍を探しながら、“Signed POP”=署名入りのポップを作っていって、曲の中にちりばめた思いが聴いてくれる人の場面につながるんじゃないか、今日、こんなにたくさんの人が来てくれたのは、つながったのかなと思います。みんなの暮らしの中に僕のサインのようなものを残せたらいいな」と『Signed POP』を制作したときの気持ちを簡潔に語った後、歌った「綴る」は、まさに秦の今後を占うに足る充実した内容で僕の心を打った。

 ツアーはいよいよ中盤に入る。このツアーの行方を、丁寧に見守っていきたい。

【取材・文:平山雄一】
【撮影:岩佐篤樹】

tag一覧 ライブ 男性ボーカル 秦 基博

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リリース情報

Signed POP

Signed POP

2013年01月30日

アリオラジャパン

1. Hello to you
2. グッバイ・アイザック
3. Girl
4. 初恋
5. 現実は小説より奇なり
6. ひとなつの経験
7. May
8. FaFaFa
9. エンドロール
10. 自画像
11. 水無月
12. Dear Mr.Tomorrow
13. 綴る

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お知らせ

■ライブ情報

HATA MOTOHIRO “Signed POP” TOUR 2013
2013/04/05(金)なら100年会館 大ホール
2013/04/07(日)グランキューブ大阪
2013/04/08(月)グランキューブ大阪
2013/04/13(土)宮崎市民文化ホール
2013/04/14(日)宝山ホール
2013/04/20(土)宇都宮市文化会館
2013/04/21(日)群馬音楽センター
2013/04/29(月/祝)清水文化会館マリナート大ホール
2013/05/02(木)山口市民会館
2013/05/03(金/祝)広島文化学園HBGホール
2013/05/05(日)倉敷市民会館
2013/05/06(月/祝)米子コンベンションセンター
2013/05/09(木)まつもと市民芸術館
2013/05/11(土)本多の森ホール
2013/05/22(水)新潟県民会館
2013/05/24(金)郡山市民文化センター大ホール
2013/05/25(土)仙台サンプラザホール
2013/05/31(金)名古屋国際会議場センチュリーホール
2013/06/05(水)大宮ソニックシティ
2013/06/07(金)岩手県民会館 大ホール
2013/06/10(月)ニトリ文化ホール

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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