2009年の大晦日で活動を休止した絢香が、たくさんの、いや数えきれないほどの「おかえり」に迎えられた。今年2月にリリースされたアルバム『The beginning』を引っさげ、4月27日の日本武道館からスタートした全国ツアー。日本中で待ってくれていたファンのみんなはに心からの「ただいま」を届けてきた絢香が、この日、ファイナルとなる横浜アリーナのステージに立った。

　明かりが点いたままの客席に少しずつ音が鳴り始め、立体的に組まれたステージのあちこちから、バンドのメンバーが静かに登場する。絢香自身も、華やかなスポットライトの中ではなく、たくさんのファンが見守るアリーナ席の脇から登場し、私たちと同じ目の高さからステージへと歩いていった。

「絢香ーっ！」
「おかえりーっ！」

　この瞬間を待ち続けたファンの大歓声と拍手の中、ステージの真ん中に立った絢香が静かに大きく息を吸った。聴こえてきたのは「The beginning」。生まれて来たこと、歌を歌うということ、人を愛すること、喜び、悲しみ…。自分自身で在るために、絢香が「原点」を見つめた歌だ。久しぶりに聴いた生の歌声。それはテクニックとか表現力とかをはるかに越えたところにあって、誰にも真似することの出来ない人間力から発せられているようだった。この曲にどんな思いが込められているのか、また、この2年間をどういう気持ちで過ごしてきたのかーー。本人の言葉以上に本人の気持ちを伝える、素晴らしいオープニングとなった。

「ただいまーっ！みんな元気ー!?」

　最初のMCでは、たくさんの声援に応えながら、今日の日を迎えられたことへの感謝を伝えた。初日の武道館では堪えていた涙があふれ出して泣き笑いのMCとなっていたが、今日は正真正銘とびっきりの笑顔だ。歌いたい、この思いをみんなに伝えたい。そんなシンプルで揺るぎのない気持ちがしっかりと彼女を支えているよう。相変わらずの飾らないトークでアットホームな雰囲気になったあとは、澄み渡る空を思わせる「夢を味方に」、優しく強く未来を願う「そこまで歩いていくよ」など、ますます深く柔らかな表情を見せる歌声を会場に響かせた。
　ライブの中盤は、ピアノ1本をバックに歌う「空よお願い」や新曲「ツヨク想う」などを披露。バンドのメンバーとアレンジを仕上げたという「THIS IS THE TIME」からコーラス・真城めぐみのソウルフルなボーカルで圧倒したカバーを挟み、アデルの「Rolling in the Deep」へと続いたセクションは鳥肌ものの迫力だった。低音から高音までを自在に操り、感情をそのままぶつけたようなフェイクは圧巻。見せ場として用意されたものではなく、バンドのメンバーと作り上げる音が、ライブというこの空気感が、彼女の中のプリミティブな部分に火をつけたような興奮があった。震えるような喜びを体中で表現し、破格のボーカル力で歌いきった絢香を、割れんばかりの拍手と歓声が包み込んでいた。

　本編ラストは、マイクを通さずアカペラで歌い始めた「はじまりのとき」。ニューアルバムの1曲目に収められたこの曲は、共に生きることの大切さや、支えてくれるパートナーへの思いを通して、あらたなはじまりのときを迎えた自分自身の決意を歌ったもの。初日の武道館では「♪辛い時 あなたの存在が こんなにも大切だと知った♪」という部分で声を詰まらせ歌えなくなってしまったが、この日の歌には、2年間ずっと待っていてくれたファンのみんなへの感謝はもちろん、これからも歌っていくからねというあたたかい約束のような気持ちが込められていたように思えた。

　過去のヒット曲ではなく、ニュー・アルバムの楽曲を中心に構成された今回のツアー。過去があるから今の自分がいる、そして今の自分が未来につながっていくんだという思いをベースに置きながらも、自分はここからどう生きていくか、生きていきたいかを伝える内容だったと思う。アンコールのラスト「キミへ」を歌い終えたときの笑顔、そして堂々と胸を張って会場を見渡していた去り際の姿を見ながら、これからも絢香の歌があることへの喜びをかみしめた。そして、またひとつ新しい扉を開けた絢香の新しい日々を思うと、この先どんな歌が生まれてくるのかますます楽しみになった夜だった。

【取材・文：山田邦子】